ひとつ屋根の声【赤】

02:ベランダの玄関 ページ2

.







「あ、おかえりぃ」




あれから重岡さんはよく家に来るようになった


もっとも、玄関からではなく、

ベランダから





『また勝手に入って…勝手に入っちゃダメって言ったじゃないですか』




「ほんまにあかんかったらベランダの鍵くらい閉めてるやろ？」




痛いところを突かれて静かに黙る



あ、図星や〜と笑う彼に



『晩ご飯作りませんよ』とだけ忠告して


台所へ立った





「なぁなぁ、敬語やめへん？


その、重岡さん言うんも。


なんか他人みたいやん」




『……どちらかといえば他人に近いと思うんですけど』




「なんでそないひどいこと言うん！


ほぼ一緒に住んでんねん、家族やん！！」





さっきまで読んでいた女性誌を振り回しながら

主張する彼を子供っぽく思った




『…じゃあ、しげちゃん』





急な呼び方に“しげちゃん”は目を見開いた



失敗した？


重岡さん、と呼ぼうとしたとき




「ええやんそれ！ええなぁ」




いつもと同じような笑顔にそっと胸を撫で下ろす


しげちゃん、しげちゃんと1人で反芻する彼を後ろに晩ご飯の準備を始めた





しげちゃんは家に来てテレビを見ない



彼曰く「人ん家のテレビをずっと見るのは電気泥棒の中でも一番重罪」なのだとか。



だから彼は

私が家にいない間


偶然置いていた雑誌を読みあさったり


三巻までしか買わずにいなかった漫画を読んでいたりする





ピンポーン、と遠くでインターホンが鳴る




「あ、ちょっと行ってくるわな」




晩ご飯は食べにくるから！とベランダに出ていくしげちゃん


穴を潜る時は膝をついて、まるで赤ちゃんのようだ





『…？』




先ほどまで読んでいた女性誌の隣に


見慣れない封筒が置いてあるのを見つけた




食事代

と書かれたそれは一万円札が４枚入っていて



おおよそ一般的な1ヶ月の食事代(1人分)。






これは受け取らないでおこう、と封筒をそっと元の場所に戻した




壁を壊してしまったのは私だ


それなのにお金をもらうわけにはいかない




そんなことを思っていると、壁の穴をくぐって

しげちゃんが帰ってきた





「あ！それもらって！」



『無理！絶対無理』






何日か前に会ったばかりなのに




どうしてか彼が言うように


本当の家族のように思えてきていた





彼の笑顔と関西弁が、どこからか


懐かしさを運んできたからかも知れない

03:夜、君とテレビと→←01:繋がった２つの部屋

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す