遠 ページ4
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「おつかれさまー…、え、あれ?…翔ちゃん何してんの」
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疲れたようすで休憩室に入って来た相葉は、難しい顔をして机に向かっている櫻井に気付いて、その机をとんとんと叩く。
ぱっと顔を上げた櫻井に、歯を見せて笑った。「何してるの」と言うと、櫻井は恥ずかしそうに笑って
"考えごと"と言った。
「考えごと?」
机の上には、分厚い和紙でできた短冊が何枚かと、ボールペン、それから筆が置いてあって
いくつかの短冊は言葉で埋まっていた。
何か、書き物をしていたような散らかり方で
相葉の視線が、机の上に落ちたのに気付いた櫻井は、机に覆いかぶさってそれを隠した。
「歌をよんでたの」
腕と机の隙間から、するりと短冊を持ち上げて読もうとすると、嫌だ、というふうに引っ張り返される。
「なんで。いいじゃん、見せてよ」
少し赤らんだ耳の先が可愛らしくて、相葉はそのまま、短冊に目を落とす。
【秋まひる 柳の散るを……】
そこまで読んで、富田砕花の歌を思い出した。
【城崎の いでゆのまちの秋まひる 青くして 散る柳はらはら】という句があるのは知っている。何年も城崎で、櫻井の傍で働いていたら、ゆかりのある歌のいくつかは、覚えてしまうのだ。
(…珍しい…、オマージュかな…)
ダンダン、と音がして、ふと顔を上げたら、櫻井が机を叩いていた。
驚いた相葉が顔を上げて、目が合うと、右手の小指側面を左手のひらに叩きつけ、そのあとで、両手の指を折り曲げてグンと顔の横まで上げた。
やめろ
怒るぞ
長い間見ていなかったので、その手話の意味を理解するのに時間がかかって、慌てて相葉は短冊を返した。
「ごめんごめん……そんなに嫌なの」
文字を書くのが好きだから、そちらのほうが色んな人に伝わるからと、筆談のほうを好んでいたのに、咄嗟に手話だなんて、よほど見られたくなかったのだろうと、相葉は反省した。
むっと頬を膨らまして、櫻井はてきぱきと机を片付け始める。
相葉がゆっくりと時間をかけて着替えをすまし、スマホで届いたメッセージを確認し、いくつか返し、それを閉じたあと、トイレに行って用を足して休憩室に帰って来ても、
未だに櫻井は、むすっと机を睨んでいた。
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きんにく(プロフ) - イチさん» なんとー!そんなに大切に読んで頂けるなんて幸せすぎます。本当にありがとうございました。これからも頑張ります♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - もふもさん» こんな未熟な作品に涙などとてももったいないですが、嬉しいです^^そう言っていただけると頑張れます!ありがとうございました。 (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん、最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます!心温まる最後にできていたのであればとてもとても嬉しいです♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
イチ(プロフ) - きんにくさん、こんばんは。最終回を読みたいのに、終わってしまうのがもったいなくて、ちょっと読んではやめを繰り返していました。毎回思いますが、きんにくさんの描く世界が美しすぎて、読んでいて幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。 (2021年1月17日 21時) (レス) id: 9e72143338 (このIDを非表示/違反報告)
もふも - きんにくさん、完結ありがとうございます! きんにくさんのお話には毎回泣かされます(/ _ ; ) 心温まる場面が多くて、つい何度も読んでしまいます。素敵な作品ありがとうございました!これからも応援してます!!! (2021年1月17日 1時) (レス) id: f5de961c82 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2021年1月2日 0時