休 ページ3
.
同情とか憐憫とか、そのようなありきたりな言葉で済むなら、こんなに息を苦しくすることもないはずだ。
大野はそれからきっかり3日、乾いた日のカタツムリのように寝込んでしまった。
.
「大野さん…、大野さん」
とんとんと、相葉が掛け布団を叩く。
和室のテーブルの上には、運んできた朝食が、かろうじて湯気を立てていた。みそ汁の味噌はもう、二度と上がって来ない予感をさせながら固く沈んでいる。
「…今日はご飯が柔らかく炊けたみたいで…、いい匂いがしません?」
相葉がそうやって声を掛けても、掛け布団の端を掴む手に、ぎゅっと力が入っただけだった。
ちゅん、と外でスズメが鳴いたら、カタツムリの殻は申し訳なさそうに、もっともっと小さくなった。
「冷たいぶどうもあります。あんまり知られてないんだけど、大阪と奈良のさかいめのとこで採れるぶどうが、けっこう美味しいんです。この宿のオーナーがそのあたり出身なんです、実は。……食べます?甘いですよ」
大野は、昨日も丸一日、何も口にしなかった。
悪い夢に起こされて、汗を流しにシャワーに立つ以外では、ベッドから起き上がることもしなかった。
「なにか…お口に入れて……ね、じゃないと…」
相葉の言葉に、何度も首を横に振った。彼は昨日も、多少動揺しながら、ベッドの横に膝をついて、長いこと声を掛け続けてくれていた。
相葉の言葉には、たいがい頷いて応えたものであるが、ここ2日で、それを凌駕するほど首を横に振った。
迷惑であることは分かっていた。分かってはいたけれど、どうしても顔を出せなかった。
.
同情とか憐憫とか、そのようなありきたりな言葉で済むなら、こんなに息を苦しくすることもないはずだ。
----『文学オタクなんです、あの人(笑)ときどきこういうことするんです。ごめんなさいね、めんどくさいかもだけど付き合ってやってください』
【城崎の いでゆのまちの秋まひる 青くして 散る柳はらはら】
たくさんの言葉を持つ彼は、それを幾度となく、口に出したいと思ったに違いなかった。
自分の声で、人の声で、それがどんなリズムで鳴るのか、知りたいと思ったに違いなかった。
しかしそれは叶わないのだ。あんなにも、綺麗な形の耳を持っていたとしても。
大野は、そのことが櫻井にどれほどの苦しみをもたらしたか、想像しないわけにはいかず
そのたびに、破れそうなほどに胸を詰まらせた。
.
369人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きんにく(プロフ) - イチさん» なんとー!そんなに大切に読んで頂けるなんて幸せすぎます。本当にありがとうございました。これからも頑張ります♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - もふもさん» こんな未熟な作品に涙などとてももったいないですが、嬉しいです^^そう言っていただけると頑張れます!ありがとうございました。 (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん、最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます!心温まる最後にできていたのであればとてもとても嬉しいです♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
イチ(プロフ) - きんにくさん、こんばんは。最終回を読みたいのに、終わってしまうのがもったいなくて、ちょっと読んではやめを繰り返していました。毎回思いますが、きんにくさんの描く世界が美しすぎて、読んでいて幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。 (2021年1月17日 21時) (レス) id: 9e72143338 (このIDを非表示/違反報告)
もふも - きんにくさん、完結ありがとうございます! きんにくさんのお話には毎回泣かされます(/ _ ; ) 心温まる場面が多くて、つい何度も読んでしまいます。素敵な作品ありがとうございました!これからも応援してます!!! (2021年1月17日 1時) (レス) id: f5de961c82 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:きんにく | 作成日時:2021年1月2日 0時