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どのようにして帰って来たのか全く覚えていられなかったのだが、部屋についた頃には、ずいぶん息が上がっていた。




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大野はそのまま、逃げるようにベッドに入り、掛け布団にくるまった。

自分の乱れた呼吸音が、静かな部屋に やけに大きく聞こえたのが怖かった。無理やりに抑えた呼吸をするとかえって苦しかったけれど、恐怖よりはマシだったのでそうした。


ひどく手先が冷えていた。誰も握ってくれないので、ぎゅっと顔の前で握りあわせて、そのまま目を閉じた。



櫻井の耳のことを思った。



まず文句のつけようのない形をしている。耳朶は厚くもなく薄くもなく、ピアスの穴が素直に綺麗に空きそうな感じで、過不足が無い。

耳の曲線は丸くなめらか、ふちのところは、焼きたての陶器のようにくっきりと溝が通っていた。



美しい耳だった。凛とした雰囲気の櫻井についているのにぴったりな、上品な耳の形。



耳がただの飾りなら、櫻井はほんとうに完璧な男であった。

ただの飾りであれば。



(…なんで…、分かんないんだよ……いつも…)



いつまで経っても温まらない指先で、大野はくしゃりと髪を掻き掴んだ。

しばらくそうしていたけれど、鈍い痛みでは物足りなく、なにかに許されないような気がして、きりりと喉に爪を掛けたら

小さく悲鳴のような声が出た。



彼がそっと微笑むのを、音の無い映画を見ているようだと、何度も思った。

注意して見ていれば、すぐに分かるはずだった。

だが大野は分からなかった。櫻井が紙とペンを使わないとき、唇が音もなく言葉の形に動くのを、ちっとも不思議に思わなかった。



いつも何にも気が付けないんだ、と大野は思う。



頭の悪い ひな鳥のように覚束なくて、なにもできない自分を

掬い上げて、手を引いてくれた櫻井の背には、無音の闇が荷物としてずっしりとのしかかっていたのだ。



柳がすべて散って、枝だけになろうと

秋が終わって冬が来ようと、大野の声が出るようになろうと


関係なしに、櫻井のそばではずっと、これまでもこれからも、音が鳴ることは無いのだ。無かったのだ。



そっと耳を塞いでみた。

ぐつ、ぐつ…という、耳元の血管の拍動が、手のひらに当たって鈍い音になる。


(…聞こえる……どうしても)


悲しくなって、さらに身体を丸めた。掛け布団を頭まで上げて、もう眠ってしまおうと思った。


破裂しそうな胸を撫で下ろし撫で下ろし、温いシーツに逃げるように、大野は瞼を閉じた。

休→←響



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きんにく(プロフ) - イチさん» なんとー!そんなに大切に読んで頂けるなんて幸せすぎます。本当にありがとうございました。これからも頑張ります♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - もふもさん» こんな未熟な作品に涙などとてももったいないですが、嬉しいです^^そう言っていただけると頑張れます!ありがとうございました。 (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん、最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます!心温まる最後にできていたのであればとてもとても嬉しいです♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
イチ(プロフ) - きんにくさん、こんばんは。最終回を読みたいのに、終わってしまうのがもったいなくて、ちょっと読んではやめを繰り返していました。毎回思いますが、きんにくさんの描く世界が美しすぎて、読んでいて幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。 (2021年1月17日 21時) (レス) id: 9e72143338 (このIDを非表示/違反報告)
もふも - きんにくさん、完結ありがとうございます! きんにくさんのお話には毎回泣かされます(/ _ ; ) 心温まる場面が多くて、つい何度も読んでしまいます。素敵な作品ありがとうございました!これからも応援してます!!! (2021年1月17日 1時) (レス) id: f5de961c82 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きんにく | 作成日時:2021年1月2日 0時

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