検索窓
今日:3 hit、昨日:1 hit、合計:151,184 hit

ページ39

.



〈あー…明日も雨だってよ、こっちは。……っと…、もう寝た?〉


寝てない、と言えないので、寝返りを打って音を立てる。ごそ、と布団が言う。

それを聴いた二宮が、電話口でフフ、と笑った。


〈……あ、そうだ、お土産にさあ、但馬牛の牛肉そぼろみたいなやつ、あるでしょ。あれ買ってきてよ。かにみそと迷ったんだけど、そういや俺 生ものムリなんだった〉


土産屋には、まだ一度も行っていない。

数日間、城崎に寝泊まりして、ようやく足を伸ばしたのは未だに一軒の風呂屋だけである。


それ以外の時間は、ぼんやりと畳に寝転んでいるか、のろのろと食事を口に運ぶことしかしなかった気がする。

ずいぶん贅沢な時間の使い方をしていたものだ、と、大野は苦笑したいような気分になった。



〈ビンに入って売ってるやつね。アレめっちゃ美味そうなんだよね。俺はあれを白ご飯に乗せて食べる。絶対に。誓う〉



ベッド脇のサイドテーブルに手を伸ばして、そこにあったメモ用紙に【たじま牛 牛肉そぼろ ビンに入ってる】とメモをした。


そのついでに、櫻井から貰ったメモを取って、月明かりに透かして見た。



【人は好き だから怖い】



紙の端が、雨ですこしだけ湿っていた。

彼のくれる言葉には、不思議な安心感がある、と大野は思う。


それは、ふたつに道が分かれた分岐点で、どちらに行くのも怖くて足がすくんでいるときに、「どっちに行かなくても良い」と頭を撫でられるような安心感だった。




そうだ、と大野は思った。

これを、二宮に伝えたいと思っていたのだ。




すごく温かい人が居る、と二宮に教えてあげたかった。

風呂屋も、ちょうどいい温さのがあって、そこに行くまでの道がなんともさっぱりして気持ちが良い、と。


それを言いたくて、電話をかけたのだ。


スマホの画面を袖で拭いてホコリを払い、コードを引っ張り出して、充電をし直して、数多の他の連絡を無視し、二宮の連絡先をタップして、

彼の声を聞いてから、しかし自分が、返事すらできないということに気がついた。



間抜けだ、と思う。



ねえ聞いてよ、と、心の中で言ってみた。


何かにつけてぼうっとしてるよ、声は出ないし、筆談だってまともに言葉が出ないからサッパリで。

朝は決まった時間に起きられないし、夜も決まった時間に寝られないし、

宿の傘は風呂屋に忘れるし、浴衣だって宿の人に直してもらう始末…



〈…フ、なに?笑ってんの?〉



.

話→←伝



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (319 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
466人がお気に入り

アイコン この作品を見ている人にオススメ

設定タグ:大野智 , , 大宮
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。