繋 ページ39
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〈あー…明日も雨だってよ、こっちは。……っと…、もう寝た?〉
寝てない、と言えないので、寝返りを打って音を立てる。ごそ、と布団が言う。
それを聴いた二宮が、電話口でフフ、と笑った。
〈……あ、そうだ、お土産にさあ、但馬牛の牛肉そぼろみたいなやつ、あるでしょ。あれ買ってきてよ。かにみそと迷ったんだけど、そういや俺 生ものムリなんだった〉
土産屋には、まだ一度も行っていない。
数日間、城崎に寝泊まりして、ようやく足を伸ばしたのは未だに一軒の風呂屋だけである。
それ以外の時間は、ぼんやりと畳に寝転んでいるか、のろのろと食事を口に運ぶことしかしなかった気がする。
ずいぶん贅沢な時間の使い方をしていたものだ、と、大野は苦笑したいような気分になった。
〈ビンに入って売ってるやつね。アレめっちゃ美味そうなんだよね。俺はあれを白ご飯に乗せて食べる。絶対に。誓う〉
ベッド脇のサイドテーブルに手を伸ばして、そこにあったメモ用紙に【たじま牛 牛肉そぼろ ビンに入ってる】とメモをした。
そのついでに、櫻井から貰ったメモを取って、月明かりに透かして見た。
【人は好き だから怖い】
紙の端が、雨ですこしだけ湿っていた。
彼のくれる言葉には、不思議な安心感がある、と大野は思う。
それは、ふたつに道が分かれた分岐点で、どちらに行くのも怖くて足がすくんでいるときに、「どっちに行かなくても良い」と頭を撫でられるような安心感だった。
そうだ、と大野は思った。
これを、二宮に伝えたいと思っていたのだ。
すごく温かい人が居る、と二宮に教えてあげたかった。
風呂屋も、ちょうどいい温さのがあって、そこに行くまでの道がなんともさっぱりして気持ちが良い、と。
それを言いたくて、電話をかけたのだ。
スマホの画面を袖で拭いてホコリを払い、コードを引っ張り出して、充電をし直して、数多の他の連絡を無視し、二宮の連絡先をタップして、
彼の声を聞いてから、しかし自分が、返事すらできないということに気がついた。
間抜けだ、と思う。
ねえ聞いてよ、と、心の中で言ってみた。
何かにつけてぼうっとしてるよ、声は出ないし、筆談だってまともに言葉が出ないからサッパリで。
朝は決まった時間に起きられないし、夜も決まった時間に寝られないし、
宿の傘は風呂屋に忘れるし、浴衣だって宿の人に直してもらう始末…
〈…フ、なに?笑ってんの?〉
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時