嬉 ページ24
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【うれし城の崎 身にしみじみと湯のかをり 都はなれた 湯の都】
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未だ、空は青かった。
胸まで浸かると、秋風が、ふうふうと濡れた肩を冷ますので、肩まで浸かり、
肩まで浸かると、秋風が、ふうふうと濡れた首元を冷ますので、あごの先まで湯に浸けた。
あごの先まで浸かっても、まだどこか、風に冷まされているような気がして
大野は結局、鼻先まで潜らせて、しかしこれ以上は深くできずに、拗ねたようにぶくぶくと気泡を立てることとなった。
【お部屋の露天風呂には、入られましたか。
ゆず湯を張ってあります。
ちょうどよく温くて、香りもあります。
今日は休日ですから、外湯はお顔そのままではお出かけなさらないほうが、良いと思います。
気が向いたらそこの露天風呂で、温まってみてくださいね。
いい短歌があるので添えておきます、よければ持って入ってみてください。
あるのとないのとでは、ずいぶん違いますから】
大野が目を覚ましたとき、食器はすっかり片付けられていて、既に櫻井は部屋を出てしまっていた。
彼が来るまで眠らないと決めていたのに…と大野は幾分 気を落としたのだが
テーブルの上に置かれた2枚のメモに気がついて、ほっと心を和ませた。
ひとつは短い手紙のような文章、横書きで
もうひとつは、縦書きの、すっと並んだ一行だった。
【うれし城の崎 身にしみじみと湯のかをり 都はなれた 湯の都】
手紙のほうよりも、すこしだけ丁寧な字で書かれていた。
教科書に載っているような、形式ばった文字だった。それは、その短歌が、櫻井のものではないということを、暗に知らせているようにも見えた。
(…古い言葉……でもなんとなく分かる)
右手に湯を掬って、宙に持ち上げたら、ちゃぷちゃぷと指の隙間から落ちていく。
昼下がりのぬるい湯が、暑くない太陽を受けてきらきらと光った。
大野は、手紙を読んで、素直に貸し切りの露天風呂に浸かることにした。
自分ひとりでは、なにをすればいいのか分からなかったので、櫻井のこの提案は、とてもありがたかった。
(風さむい……秋ってこんなだっけ…)
冷たい朝に、布団からなかなか抜け出せないように
大野は、ゆずの浮かんだその露天風呂から、なかなか抜け出せなくなっていた。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時