花笑み Ⅲ (ページ42)

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「大丈夫やで。
　阿部ちゃんは、ちゃんと
　普段通り優しくてあざといで」

ab「あざとい、は余計かな」

阿部ちゃんは振り返って、
にこっと笑ってみせた。

普段通りに。

「…阿部ちゃん、
　俺は、心のゴミ箱やから」

そう声をかけると、
阿部ちゃんの視線が少しだけ揺れた。

ab「…」

いつもは気丈に振る舞う阿部ちゃんだったけど、
その日はとても不安定に見えて、
その視線が落ち着くのを静かに待った。

ab「…本当は、」

阿部ちゃんは振り絞るようにそう言いかけて、
やっぱり、というように口を閉ざし、
下唇を噛んで俯いた。

「ええよ。
　最後まで言ってええんやで」

阿部ちゃんにはいつも助けてもらってばかりで、
今までは何も返すことが出来なかった。

だけど、
その言葉を受け止めることくらいは
自分にもできるような気がした。

阿部ちゃんは、
自分と似ている、と思ったことがある。

自分のせいで、悲しい顔をしている人を見るのが嫌い。

周りが苦しむより、
自分が苦しいほうがずっと楽だ。

自分のせいで悲しい顔をしている人を見るほど
辛いことはないし、

自分のために流れる涙は好きじゃなくて、

だったら自分が飲み込んでしまえばいいし、
自分の苦しさを周りに伝えて伝染するくらいなら、
その悲しみの連鎖が、
自分で止まればいい、と思ってしまう。

だから、自分のことを話すことが怖い。
弱音を吐くことが怖い。

自分の苦しみは、
相手に伝わらなくていい。

でも、似ているからこそ、
それを聞いてくれる存在が必要なことも、
話すことで心が少し楽になることも知っている。

「まぁ、話したくなったら、
　いつでも声掛けてや！」

そして、それをしつこく強要されるのが辛いのも、
分かっている。

だから、彼が話すことを望まないなら、
無理に詮索するつもりは無かった。

話しやすい環境を整えて、
自分は聞く準備は出来ているということが伝わればいい、
と、思っていた。

そういう存在がいるだけで、
ずっと楽になる。

もし本当にそれが苦しくなって、
誰かに聞いてほしいと思った時に、

真っ先に自分を思い出してくれるように、
常に心のドアを開けておいてあげればいいし、
必要なら、彼の心のドアをノックしてあげればいい。

「うん、今日も似合ってるで」

だからいつも通りにそう言って、
俺はもう一度その薄い肩を叩いた。