豹変 ページ10
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「あ、あの...。」
「ふふっ。」
私の顔のすぐ横、ほんの少しでも動けば触れてしまいそうな距離。
こちらを覗き込むように贈られる視線。
貰った薔薇を小さな花瓶に移し替え、自室の窓辺に飾ろうとしていた時。
―――何者かにそっと肩を叩かれた。
何の気配も、感じなかった。
扉が開く音も、なにも。
短く悲鳴を上げる私の口を塞ぐと、「びっくりさせちゃったね。」と人差し指を唇に当て、口角を釣り上げたのは同居人の樹状細胞さんだった。
余りに急の出来事に驚き、震える私の手を包み込むように握る。
こんなに近くに彼を感じたのは久しぶりだった。
背中に、彼の体温があたる。
「きゅ、急にどうしたん、ですか。私の部屋なんかに。」
帰還してからは私もそれなりに成人に近い体形に成長したからか、彼が自室に入ることはめったになかった。それも、ノックもしないで。
正体がわかったと言うのに、今度は別の意味で鼓動が収まらなかった。
「そのバラ、誰にもらったの？」
あまりに白々しい質問だった。
何でも知っている樹状細胞さん。彼が知らない事なんて、この体内にほとんどないはずなのに。
「なんで、ですか。」
どうしてそんな事を聞くのか、どうして知らないふりをするのか。
いつもとがらりと変わった彼の雰囲気に圧倒...いや、慄いている自分が居た。いつも安心感を惜しみなく与えてくれる彼に、こんな感情を抱く日が来るなんて。思いもしなかった。
理性じゃない。本能が警告するような、鋭い、恐怖。
「....司令。...です。」
後ろから抱きしめるような体制のまま、耳元でささやくように発せられる声はとてもくすぐったくて、耐えられない。
吐息が首筋に掛かるたびに下唇を甘噛みし、堪える。
「っ、樹上細胞さん。くすぐったい...です、」
「へぇ。」
低音。ワザとだ、絶対に。
「ごめんなさい。」
「どうして謝るの？君は何も悪い事なんてしてないのに、」
それとも、何か後ろめたい事でもあるのかな？
くるりと私の向きを変えて、自分の方を向かせる。
じりじりと窓辺に追いやられながら、光の無い彼の瞳を見つめていた。
B細胞君も無事用事を済ませて仕事へと戻り、しばらくの留守番を終えた後。
あとは彼の帰りを待つだけという時、ああそうだ、枯れてしまっては大変だと思いついただけなのだ。
彼の白い手袋は、私の腰。そして左頬に添えられていた。
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作者名：るーこ | 作成日時：2019年3月26日 1時
