砂糖 ページ6
.
「一応こちらが今日の訓練内容になります。」
「ああ、ご苦労様。」
さがってきた眼鏡を人差し指で押し上げ、机に置いた資料に手を伸ばす。
私が体外から持ち帰った情報が詰まったその書物には、他のT細胞への伝達状況等も記されている。
兵隊役であるキラーT細胞に攻撃を指導するだけでなく、もちろん、免疫系全体の司令塔として動く彼ヘルパーTにもその内容はしっかりと把握しておいてもらう必要があるのだ。
定期報告の為、そこそこの頻度で司令の元へと足を運んでいる。
「加えてこれは樹状細胞さんからなんですけれど。」
「もしかしてこの間出現したがん細胞の件かな。」
「ご名答です。簡単にではありますがまとめてありますので、プリントの方もご一読お願いしたいです。」
「わかった。」
彼は何かと、オンオフはっきり分けるタイプだと思う。
それこそテラスで紅茶をすするこの人は、男性にしては貧弱そうなシルエットで、何ともやる気を感じさせない台詞をふりまいているわけだが。
いざウイルスなんかが侵入でもすれば、即座に指令室へと駆け上がり、体の各所に的確な指示を飛ばす。市民への避難勧告等、情報伝達の上で彼の右に出る者はいないだろうという敏腕っぷりである。
今はどちらかといえば後者のスイッチが入っているように思える。
人差し指で印刷された文字を追い、黙考する姿は、なかなかに魅力的だった。
伏せされた目に漂う哀愁。頬に落ちる、長い睫の影。
どれをとっても申し分ない容姿の彼。
しばらくの静寂があり、私はその間に幾つかマカロンを頂いた。
緑のピスタチオと、ピンクのストロベリー。
口の中で卵白と砂糖とアーモンドがとろける。なんて贅沢な一口だろう。
一口。また一口。
口に運ぶうちに、一つの視線に気づく。
「...なんでしょう。」
「いや、なんでも。」
「そうですか。」
テーブルには頭上から降り注ぐ暖かな日差しと、木漏れ日が舞い降りる。
見上げれば、張り巡らされた透明なガラスには繊細な細工が施されていた。散りばめられた、いくつかの色。
ステンド硝子の小鳥たちが、とても眩しかった。
「とりあえず大まかな内容は把握したよ。これは僕が受け取ってしまっていいのかな。」
「はい。呼びの複写がこちらにも在りますので。」
真剣な面持ちのまま、片手にティーカップ。この幻想的な空間も相まってか、なんたってこの男はこんなにも美しいんだろうか。
「では、これで失礼しますね。」
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 28人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：るーこ | 作成日時：2019年3月26日 1時
