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追憶 ページ2

まだ単球だった頃。
私はある特別な指令を受けた。



―――それは体外へ赴き、がん細胞の倒し方を学んでくる役目。



「君はとっても優秀だ。きっと、この世界を守る救世主になれる。」



そういって頭を撫でてくれたのは、樹状細胞のお兄さんだった。
柔らかな黒髪を持った彼の微笑みを、今でも覚えている。

単芽球の頃からずっと、あの緑の制服に憧れていた。
数多くの本に囲まれた樹木の塔の中で抗原を提示し、免疫細胞を見守る樹状細胞に私もなれたらいいななんて思っていたんだ。

体の外。まるで未知の世界。
そんな右も左もわからない場所に放り出されるのは、正直な所とても怖かったけれど、いやだと感じたことは一度もなかった。

それは言わずもがな、あの優しい手が安心感をくれたから。

樹状細胞さんに認められることがただ単純に嬉しかったのかもしれない。
私もこの体の役に立ち、本分を全うしたい。純粋にそんな思いが強かったんだ。


「外に行くのはやっぱり怖い?」

「...はい。けれどそれよりもずっと、一人になることが寂しいです。樹状細胞さんの居ない世界で過ごすことが、それが一番怖いんです。」

「君が甘えてくるなんて珍しいね。」

「ごめん、なさい。」

「いやいやあやまらないで。寧ろ安心してるくらいだよ。君ってほら、辛いとか苦しいとかあんまり言わないでしょ。それが少しだけね、心配だったんだ。」


弱音を吐かない、いや、吐けないのは臆病だから。ただそれだけだ。
見損なわれるのが怖くて、嫌われるのが恐ろしくて。
本当の兄の様な、そして親の様な存在である彼にすら、何かを強請ったことはなかった。
今思い返すと、私というのはつくづく可愛くない子供だったのだと感じる。


「実はこれ、用意してきたんだ。」

「私に....ですか?」

「そう。きみに似合うと思って。」


あの日。そう言って彼が取り出したのは、琥珀のペンダントだった。
後ろに回された手が、丁寧な手つきで私の首にその煌めきを付けてくれる。


「ありがとう、ございます。大切に...します。」

「気に入ってくれたみたいでよかったよ。」


すっと細められるあの、黒曜石の様な瞳。
今でも鼓膜に焼き付いてなかなか離れてくれそうにはない。


長い体外での滞在期間を終え、帰還してからそれなりの月日が流れた。


私は今、彼の様に緑の制服に身を包んでいる。



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設定タグ:はたらく細胞 , ヘルパーT細胞 , 樹状細胞   
作品ジャンル:アニメ
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作者名:るーこ | 作成日時:2019年3月26日 1時

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