藤棚 ページ7
***
雨が上がったのは夜半を過ぎてのことだった。
春の野草の香りがじんわりと舞い上がるように鼻をくすぐる。
何となく眠りが浅く、俺はふすまを開けて庭へ出た。
薄曇りの空に、淡く月の滲む夜だ。
先ほどから誘うように香るのは、藤の花だろうか。
おもての門からはよく見えなかったが、美事な藤棚が、こぼれるほどの花をたたえて、静かに揺れている。
『……冨岡様?』
ふいに声をかけられて振り向けば、手持ち行灯の揺れる光にA殿の姿があった。
寝巻に半纏を羽織ったA殿は、昼間よりいっそう華奢に見えた。
「申し訳ない、つい、美しくて。」
俺は思わず凝視している自分に気づき、はっとしてそんなことを口走ったが、それが果たして藤の花のことなのか、A殿のことなのか、自分でもよくわからない。
『綺麗でしょう。
祖父の代から大切にしている藤棚でございます。』
「そうか。
……鬼に襲われたのはその祖父か?」
『左様でございます。
産屋敷様の当時のご当主に、家を藤棚に守らせよとのお言葉をいただいたと聞いております。
……祖父の存命中は、もっと美事だったのですが、
……いかんせん父はどうも実用主義なものですから、大部分を伐ってしまい。
今はここに残る分をわたくしが面倒見ているのです。』
A殿はそう言うと、藤の花をひと房手のひらに乗せるようにして撫でた。
その手の青白いほどの白さに、俺はまたぞくりとして、目を逸らす。
薄い紫の花房を、A殿はいつくしむように見ている。
「もしや、俺が庭へ出る音で起こしてしまったか。」
『いえ、書き物をしておりまして。
ふふ、父母が不在の間、わたくしいつもより夜更かししてるんですの。』
そう言ってA殿はすこしいたずらっぽく笑う。
「……風邪を引いてしまってはことだ。
俺も戻るから、A殿も戻られてはどうか。」
『そうですわね。
今夜は少し冷えますね。
明朝はお声かけいたしませんから、ご都合のよいときに食堂へお越しくださいませ。
朝食を用意させます。』
それでは、お休みなさいませ、と言って、A殿は自室のほうに戻っていった。
あやうげに揺れる行灯の赤い灯が消えるまで、俺はそれを見ていた。
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瑞姫(プロフ) - 今吐露2でリアルに泣いております、、思わずよくわからない報告コメント申し訳ないですめちゃくちゃ好きですこの作品 (2020年6月24日 23時) (レス) id: 445b4986a2 (このIDを非表示/違反報告)
pink0223xxx(プロフ) - はじめまして、更新お疲れ様です。素敵な言葉遣いや雰囲気が想像がしやすくてどんどん引き込まれていきました。泣いたり笑ったり楽しかったです。応援してます! (2020年6月3日 21時) (レス) id: 086d84223c (このIDを非表示/違反報告)
おんたま(プロフ) - はじめまして。更新お疲れさまです。完成度が高くすごく素敵な作品だと思います。無理のない範囲で更新頑張ってください。応援しています。 (2020年6月3日 2時) (レス) id: 8f0607afea (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - お返事できてないお三方、コメント返信できてなくてすみません、いつも更新遅くてすみません、読んでくれてありがとうございますloveです (2020年6月2日 19時) (レス) id: 100d291aa9 (このIDを非表示/違反報告)
madoka(プロフ) - 更新お疲れ様です!ずっと待ってました〜っ!!これからも頑張ってください。 (2020年5月24日 21時) (レス) id: f3e815359c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2020年4月19日 22時