雨 -1 ページ49
***
「……ええと」
薄暗い玄関に、二人間抜けに突っ立っている。
いたたまれなくなったのかA殿は、すぐに帰りますので、と呟いた。
「そういうわけでは、」
そういうわけではないのだ。
だが、少し、やはり、まったく、頭も回っておらず。
A殿の不安を取り除く言葉ひとつ思い浮かばない。
ぱらぱら、と扉の向こう、ひさしを雨が打つ音が聞こえた。
「…雨ですね」
「…ああ」
俺は曖昧に返事をして、A殿が抱えている風呂敷を掴むと、「とりあえず、こんなところにいても仕方がない」と促した。
「もしかして、お休み中でしたか?」
「いや、まあ…少し」
「すみません、やっぱり雨が止んだら帰りますね」
帰る、というA殿の言葉に、動きが止まる。
帰る。どこへ?
「帰る、って」
「杏寿ろ…煉獄様のお家へ、です」
ざああ、と後ろで雨の音がする。
わずかに地響きのような音も混じって、遠くで―――雷が鳴る。
障子を開けて縁側から空を眺めれば、遠くの空が鈍く明滅していた。
そしてまた遅れて音が鳴る。今度は少し大きい。
「っ、」
A殿が肩をすくめた。
「止むまではだいぶかかりそうだが」
俺はA殿のほうを見ず、庭に目を向けたまま言う。
「雨が止んでからだと、夜になるな」
背後に立っているA殿が窓ガラスにうっすら映って、その姿を撫でるように雨水が伝う。
「煉獄を迎えに来させてもいいが、どうする」
「と、―――」
冨岡、と呼びかけようとしたのだろうA殿は、振り向いた俺を見て少し怯えたような表情で固まった。
寝酒が効いて、頭蓋の中にアルコールが充満して、思考がどんどん雑になる。
帰るというA殿の声が忌々しく反響して、俺は思わず彼女の腕を掴んでいた。
「痛、」A殿がかすかに悲鳴をあげる。ほとんど同時に、薄暗い屋敷の窓を雷が照らして、一瞬のちに雷鳴がとどろいた。
「それとも、夜までここにいるか。
雨が止んで、"帰る"まで?」
じりっと後退したA殿の背中が壁に当たる。薄暗いせいで、その頬も首すじも青いほどに白い。
振り払おうと思ったのか、A殿のか細い腕一瞬力がこもったが、俺は反射的にそれを押さえこむ。
本当はこんなふうに触りたいわけじゃないのに。
けれどどうしても、苛立ちが抑えきれない。
「―――だって、わたくしの"帰る"家は、煉獄様のお屋敷ですもの」
しばらく黙っていたA殿が、なぜか笑って言った。
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瑞姫(プロフ) - 今吐露2でリアルに泣いております、、思わずよくわからない報告コメント申し訳ないですめちゃくちゃ好きですこの作品 (2020年6月24日 23時) (レス) id: 445b4986a2 (このIDを非表示/違反報告)
pink0223xxx(プロフ) - はじめまして、更新お疲れ様です。素敵な言葉遣いや雰囲気が想像がしやすくてどんどん引き込まれていきました。泣いたり笑ったり楽しかったです。応援してます! (2020年6月3日 21時) (レス) id: 086d84223c (このIDを非表示/違反報告)
おんたま(プロフ) - はじめまして。更新お疲れさまです。完成度が高くすごく素敵な作品だと思います。無理のない範囲で更新頑張ってください。応援しています。 (2020年6月3日 2時) (レス) id: 8f0607afea (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - お返事できてないお三方、コメント返信できてなくてすみません、いつも更新遅くてすみません、読んでくれてありがとうございますloveです (2020年6月2日 19時) (レス) id: 100d291aa9 (このIDを非表示/違反報告)
madoka(プロフ) - 更新お疲れ様です!ずっと待ってました〜っ!!これからも頑張ってください。 (2020年5月24日 21時) (レス) id: f3e815359c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2020年4月19日 22時