左様なら ページ39
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私は父に反駁しようとしたが、花に強く腕をひかれ、自室へ押し込まれる。
『花、どうして』
「お嬢様、今すぐに出る準備をしてください」
『花、』
「冨岡様を裏手からお連れしますから、五分で支度してください」
いいですか、と花は肩を掴む。
「あのような化け物から、お嬢様を守れるのは鬼狩り様…冨岡様だけでございます。
花はとても役にたちませぬ。
花は、このお家のために尽くしてまいりましたけれど、お嬢様が一番大切。
お嬢様を守ってくださる方のところに送り出しとうございます」
一気に言うと、花はいつものやさしい顔で笑った。
「お嬢様、どうかお幸せに」
花はそのまま、部屋を出ていった。
体が弱い母に代わって、私を母のように姉のように育ててくれたのは、花だ。
きっともう、花に会うことはないのだと思うと、じわ、と目元が痛いほど熱くなる。
握りしめていたこぶしが弛緩して、ぽろりと護符が落ちた。
ぐしゃぐしゃになったそれを見つめ、…私は花に遅れること数分で、覚悟を決めた。
振袖を乱暴に脱いで、女学生時代の袴を靴をひっぱり出す。
『まさか、訣別がこちらの私との訣別だったとは』
ギュッと袴を絞めて、私は廊下に出た。
「A…」
廊下の向こうに母が居る。
「行ってしまうのね?」
『…』
庭に、冨岡様が立っている。
塀のほうを見やる後ろ姿。
『藤の樹の守護も、鬼狩り様の出入りもないこの屋敷に、わたくしがいればお父様やお母様、花まで、危険にさらすことになるから』
「あなたのことを、ほんの少しも守れない母親だったわ」
『そんなことないわ、お母様。
…どうか、』
お元気で。
と言おうとして、声が詰まった。
ゆっくりと庭に降りる。
冨岡様がこちらを向いた。
「…A殿」
『冨岡様、恐れ入りますが詰め所まで、ご案内をお願いしたく』
「ああ」
吹き消えた紙行灯を避けながら、庭を横切る。
門を出て、屋敷に向かって一礼をした。
花も、母も、父も、見送りに出てくることはなかった。
…勘当だものね。
ひゅう、と冷たい風が吹いた。
冬が来る。
私は、視線を断ち切って、半歩先を歩いている冨岡様の背中を追った。
月の大きな夜だ。
なめらかに踏み均された石畳が、一粒ずつ光っている。
***
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瑞姫(プロフ) - 今吐露2でリアルに泣いております、、思わずよくわからない報告コメント申し訳ないですめちゃくちゃ好きですこの作品 (2020年6月24日 23時) (レス) id: 445b4986a2 (このIDを非表示/違反報告)
pink0223xxx(プロフ) - はじめまして、更新お疲れ様です。素敵な言葉遣いや雰囲気が想像がしやすくてどんどん引き込まれていきました。泣いたり笑ったり楽しかったです。応援してます! (2020年6月3日 21時) (レス) id: 086d84223c (このIDを非表示/違反報告)
おんたま(プロフ) - はじめまして。更新お疲れさまです。完成度が高くすごく素敵な作品だと思います。無理のない範囲で更新頑張ってください。応援しています。 (2020年6月3日 2時) (レス) id: 8f0607afea (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - お返事できてないお三方、コメント返信できてなくてすみません、いつも更新遅くてすみません、読んでくれてありがとうございますloveです (2020年6月2日 19時) (レス) id: 100d291aa9 (このIDを非表示/違反報告)
madoka(プロフ) - 更新お疲れ様です!ずっと待ってました〜っ!!これからも頑張ってください。 (2020年5月24日 21時) (レス) id: f3e815359c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2020年4月19日 22時