27話 ページ27
ーーーあ、そういえば。
なかなか行くこともない上等な洋食屋で昼食を食べ、持ち帰る甘味を選びに饅頭屋を覗いているときに、私はまたも忘れかけていた帽子のことを思い出す。
『杏寿郎さん、ちょっと、帽子屋に寄りたいのですが。』
幸いにも、帽子屋は甘味屋のはす向かいにある。
『もうだいぶ経ってしまったのですが、帽子を仕立ててもらってまして、』
勘定台越しに呼びかけると、こちらでしょうかね、と初老の店主が後ろの棚から箱を出す。
箱を開けて取り出し、両手で掲げて杏寿郎さんに見せた。
白い羊毛の地に、臙脂のりぼん。
しっかりとした触り心地に、仕立ての確かさを感じる。
『いかがですか?
あのお屋敷に移ってしばらくしてから、仕立ててもらいました。』
「素晴らしいな!
ぜひ被ってみてくれ!」
杏寿郎さんがそういうので、簪を外し、軽く髪を整えてからその帽子を被る。
「よく似合っている!
それに、その着物にも驚くほど合っている!」
杏寿郎さんは、先ほど着物を着て見せた時のような、太陽のような笑顔で言った。
その着物にも驚くほど合っている、という言葉に、あたたかい風が吹いたようにさえ感じた。
それは、そうだ。
当然だ。
『だって、この帽子は、』
ほんの少し声が震える。
視界がきらきらして、もしかして私は泣いてしまいそうなのかしら。
帽子のつばにそっと触れる。
『あなたの羽織の色に合わせて選んだもの。
あなたと一緒に歩く時に被ろうと思って選んーーー、』
そこまで言ったところで、杏寿郎さんが思い切り私を抱きしめた。
あまりにも突然で、息が止まる。
広い胸のなかで、よく天日に晒された羽織の乾いた香りが私をつつむ。
この帽子を仕立ててもらうことを決めたあの日、私はひとりぼっちだった。
せめていつか、あなたと一緒に楽しく歩ける日がくればと祈りを込めて、生地の色もりぼんの色も選んだ。
でも私はもうひとりではないのだと心から思えたから、涙が染み出した。
「A殿、結婚してくれ!」
私を抱きしめたまま、杏寿郎さんは溌剌と言った。
衝撃的な大声で。
勢いで帽子がぽろんと落ちる。
帽子屋の店主はそれを受け止め、おやおや、と笑っている。
『はい、杏寿郎さん。』
私はそっとその体を抱き返した。
***
おしまい
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やも - 冨岡夢の作品を読んでこちらも拝見させてもらいました。やっぱり文章が綺麗に洗練されていてとても好きです!素敵な作品ありがとうございました。 (2020年5月7日 14時) (レス) id: be623916d5 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - Rさんさん» コメントありがとうございます〜!変な文章どころかありがたい文章です…今のところ続きは書いてなうのですが、書くことがあればこの小説にリンクでも貼ろうかなと思ってます! (2020年4月15日 21時) (レス) id: 218c4f48c9 (このIDを非表示/違反報告)
Rさん - 完結おめでとうございます!コメントするの初めてなのですが変な文章になってないでしょうか?とても感動しました!続きなどあれば是非教えて下さい!素敵な時間ありがとうございました (2020年4月15日 14時) (レス) id: f96fb724ca (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - 炎さん» 一気読みできるテンポを狙って書いていたので、コメントうれしいです、励みになります!読んでいただいてありがとうございました! (2020年3月30日 15時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - ss好きの923chanさん» ありがとうございますー!読んでいただけて嬉しいです。また思いつけば短編でも書こうかなとは思ってます! (2020年3月30日 15時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2020年3月27日 23時