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「おもし蟹」
相川が、事情を__というほど、長い話ではなかったが、とにかく、抱えている事情を、順序だてて語り終わったところで、歌詞さんは「成程ねえ」と頷いた後、しばらく天井を見上げてから、ふと思いついたような響きで、そう言った。
「おもしかに?」
相川が訊き返した。
「九州の山間あたりでの民間伝承だよ。地域によっておもし蟹だったり、重いし蟹。重石蟹、それにおもいし神ってのもある。この場合、蟹と神がかかっているわけだ。細部は色々ばらついているけど、共通しているのは人から重みを失わせる__ってところだね。行き遭ってしまうと__下手な行き遭い方をしてしまうと、その人間は、存在感が希薄になる、そうだ、とも」
「存在感が__」
儚げ。
とても__儚げで。
今の方が__綺麗。
「存在感どころか、存在が消えてしまうって、物騒な例もあるけれどね。似たような名前じゃ中部辺りに重石石ってのもあるけど、ありゃ全くの別系統だろう。あっちは石で、こっちは蟹だし」
「蟹って___本当に蟹なの?」
「馬鹿だなあ、Aちゃん。宮崎やら大分やらの山間で、そうそう蟹がとれるわけがないだろう。単なる逸話だよ」
心底呆れ果てたように言う歌詞さん。
「そこにいない方が話題になりやすいってこともある。妄想や陰口の方が、盛り上がったりするものだろう?」
「そもそも蟹って、日本のもんなの?」
「Aちゃんが言っているのはアメリカザリガニのことじゃないのかい? 日本昔話をしらないのかな。猿蟹合戦。確かに、ロシアの方にゃ、有名な蟹の怪異っていうのがあるし、中国でも結構あるけれど、日本だって、そうそう負けてばかりもいないさ」
「ああ。そっか。猿蟹合戦ね。そう言えばそんなのもあったね。でも、宮崎やらって__どうしてそんなところの」
「日本の片田舎で吸血鬼に襲われたきみがそれを僕に訊くのかい。場所そのものに意味があるんじゃないからね、別に。そういう状況があれば__そこに生じる、それだけだ」
勿論、地理気候も重要だけれど、と付け加える歌詞さんだった。
「この場合、別に蟹じゃなくてもいい。兎だって話もあるし、それに__そらるくんじゃないけれど、美しい男の人だっていう話もある」
「ふうん……月の模様みたいだね」
ていうか、そらるくん呼ばわりだった。
筋ではないが、少し同情してしまう。
伝説の吸血鬼なのに……。
切ないなあ。
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がむしろ(プロフ) - コメント失礼します!とても面白く、原作の化物語の通りに書かれていて、読んでいてとても楽しかったです! (2022年4月13日 23時) (レス) @page1 id: b2402acd1c (このIDを非表示/違反報告)
灰猫(プロフ) - ヒマリンさん» ヒマリンさんコメントありがとうございます!わざわざこの作品を見つけてくださり、そう言ってもらえて恐悦至極です!これからも原作通りに進められるよう頑張ります!! (2021年8月3日 19時) (レス) id: 75a262f2fa (このIDを非表示/違反報告)
ヒマリン - 本当に化物語の通りでした。 すごいです。 (2021年1月7日 10時) (レス) id: 88fe224ab8 (このIDを非表示/違反報告)
灰猫(プロフ) - うたねこさん» うたねこさん初めまして、感想ありがとうございます!どちらも好きな方がいらっしゃるとは…!? 緩やかですが楽しみにしていただけているのなら光栄です(*'∀`*) (2020年3月22日 22時) (レス) id: 06fe930ba8 (このIDを非表示/違反報告)
うたねこ(プロフ) - はじめまして!物語シリーズもまふさんも好きなのでめっちゃ嬉しいです。お話もこれからすごく楽しみです! (2020年3月22日 17時) (レス) id: f217387575 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:灰猫 | 作成日時:2020年3月20日 4時