【Fischer's】水魚之交 III【短編集】

ダーマ：紅一点 ページ39

「飯よりチューが美味い訳ねぇじゃん」

その言葉に動画を見ていた私は固まってしまった。ダーマくんに恋焦がれて早四年、漸く下の名前で呼んでくれるまでに距離を縮めた筈が、まさかこんな形で絶望に落とされるとは思いもしないだろう。

『ダーマくん、これ』

ダーマくんの自宅に着くや否や、例の動画を停止させたまま電源を落としていたスマホを開き彼に掲げる。

「うわっ、見せんなよそれ。見たくねぇんだよ」
『ごめんなさい、でもちょっと気になって』

彼と培って来た今の関係を崩す事はしたくないしするつもりもないけれど、彼の好きな人になりたい私からすればあの発言は会心の一撃な訳で。

『ダーマくんは、男友達のチューが無理なの?』
「無理に決まってんだろ。コイツらなら尚更やだよ」
『じゃあ、男と女…だったら?』
「……は?」
『いやっその変な意味じゃなくて、普通に男女のお友達が…いや、お友達って言うか、深い関係、深いって言うか、だから、えっと』

誤解されないように言葉を紡げば紡ぐ程露呈していく事に更に焦りを感じてあたふたしていると、胡座をかいていたダーマくんがすくりと立ち上がり、眼鏡の位置を指先で直しながら私の前に立った。

『なっ、な、何?』
「…勝手にしろ」
『へっ?』
「だから、勝手にしろよって」
『…何、を』
「だから!男と女の事は知らねぇって!勝手にしてりゃあいいだろっつってんだよ!」

口を悪くして言い放ったダーマくんは少し苛立っているようで、眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいる。何故そんな顔をするのか分からず反射的に平謝りをしてしまったが、彼は更に続けた。

「ふん。まあでもお前の顔に一発くらいなら、別にやってやらん事も無いけど」
『えっ、え…えぇ!?へっ!?』

そう言って片手で私の頬を挟みおちょぼ口にさせるダーマくんは、ゆっくり私に顔を近付けて来る。
えっチューするの!?心の準備が! そう頭の中で慌てふためく私が可愛げもなく手を大暴れさせ、唇が触れる数センチにまで至ったその時、バッと顔が離れ腕を掴まれると手を重ねられた。

「こんな事で猿みてぇに騒ぐ奴には、こんくらいで充分だろ」
『……てっ手、繋いでる、よ?』
「おう」
『いいの?』
「おう」
『…こんくらい、でも、いいかも』
「ふっ、チョロいなお前」

もしかして、ダーマくんはいつも私の歩幅に合わせて接してくれていたのかな。それでないと指を絡め手を繋いでいる彼の顔が、胸ときめく程穏やかである筈がないから。

END

　

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