【Fischer's】水魚之交 III【短編集】

ぺけたん：愛憐 ページ34

仕事の関係もあってぺけたんに会えるのは週に一度程度のものなのだけれど、その度にぺけたんは体に傷を負っている事が多い。

『っぺけたん!?どうしたのその腕!』
「あぁこれ?さっきちょっと擦りむいちゃって。そんな痛くないから大丈夫だよ」
『そんな訳ないじゃん!今手当てするから…』

傷の度合いはそれぞれで、今回のように腕に無数の引っ掻き傷があったり、小指を刃物のような物で深く切られていたり、頬に痣が出来ていたりとまちまちだけれど、その外傷はどれも私に会う前に出来ている事が分かる。

「A、いつもありがとう。俺ドジだから結構怪我するんだけど、その度にマジ助かってる」
『当たり前だよ。友達が怪我してたら看病するのは』
「……そうかな」
『そうだよ。ぺけたんはそうじゃないの?』

消毒して綺麗になった傷に伸縮性のある包帯を巻いていると、ぺけたんは薄く微笑んだまま口を開く。

「俺はこんな器用じゃないから無理かな。それに」
『それに?』
「Aがいなくなったら俺は、絶対すぐ死ぬから」
『そんな事ないでしょ』
「……本当に、嘘だと思ってるの?」

軽い会話の筈が、ぺけたんの声色はとても冗談やもしも話で言っているようには聞こえなくて、まるで本当に、私がいないとこの世から消えてしまうぞと訴えているように聞こえた。

「俺が今こうしてAに会って手当てしてもらって、目を見て話せて、生きていられるのは、怪我してAに会えて、Aに心配されて、Aに傷を治してもらってるからなんだよ」
『…そんな言い方じゃあまるで、私がぺけたんを傷付けてから、治してあげてるみたいじゃない』
「そう聞こえるなら、そうなのかも知れないけど、これだけは紛れもなく言える」

巻き終わった包帯を見てから、私を流し目で見やるぺけたんは何が嬉しいのか傷があった腕を撫でて恍惚の笑みを浮かべた。

「Aが俺を見てくれなくなったら、俺は死ぬよ」

沢山の意味を含ませたであろう彼の言葉は、私の胸に鋭利な無数の棘になって突き刺さった。返しが付いたその棘は、無理に抜こうとすれば更に奥へ侵入していく悪魔の言の葉で、ぺけたんから距離を離そうと力んだ腕を掴まれて、息が止まる。

「でも心配しなくていいから。また、看病してね」

興奮と安堵が混濁した表情で、ぺけたんはまた傷を増やして私の前に現れる。

(もっと心配して、もっと俺を見て、もっと悲しんで、俺を生かして……?)

END：ヤンデレ：自傷型

　

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