L O V E .

I don't know 3. ページ23

.



突然、後輩が口を大きく開けると
目を丸くして驚きの声を上げた。
その声につられて視線を彼女に合わせれば…



｢ナナさん、今の見ました！？｣


｢壱馬、いま私の事見てた！｣


｢へぇ……｣


｢それは、良かっ…｣



興奮気味に私の腕を掴み叫んだ彼女を横目に
大した感動も無く適当に相槌を返して
正面に視線を戻したその時、
あいつが青ざめたような表情をして
勢いよく観客席から顔を背けたのが見えた。



｢……？｣
(何？)



それはほんの一瞬の出来事で、
すぐにまた歌い始めた彼の顔付きは
至って真剣だった。


沢山いるファンの中で、
まさか彼が私の存在に気付いていたとは
この時まだ知る由も無く、
リハーサルはそのまま無事終了したのだった。



｢それでは、本番行きまーす｣


｢用意、スタート！｣



小休憩を挟み、いよいよ始まった本番。
私と後輩が居る場所は先程と変わらず
前から３列目の真ん中辺り。


ステージとの距離で言えば約３メートル。
はっきり言ってかなり近いけれど、
スポットライトに照らされ
きっと彼には見えていないはず…。


さっきからずっと遠慮がちに持っていた
あのメッセージボード。
後輩には悪いけれど、どうにもそわそわして
曲に集中出来ないから、
そっとボードを置いてみれば…



｢…………。｣
(別に、気になる訳じゃないんだけど)



せっかく来たからには、少しくらい
あいつの勇姿を視界に入れてやっても
バチは当たらないだろう、と
ステージ上を見つめれば


相変わらず真剣な顔付きで
しっかりと歌い上げる彼の姿があった。


照明で透けた髪がキラキラ輝き、
時折見せる切ない表情に
曲の歌詞がじわりじわり、と身に染みる。


先程のメドレーで
明るめの曲を歌っていた時のような笑顔は
一切見られない無い。


明るい曲をリズムに合わせて踊る
無駄の無い動きは格好良く、
今のようなバラードでは
男らしく切ない表情を見せる。


そんな幅広い彼の表現力に
はっきり言って驚いた。



｢………………。｣
(あんな表情も出来るんだ)



この時、私は彼の事を何も知らなかったのだと
改めて痛感した。


ちくちくと胸を突く鈍い痛みに
堪らず拳を握りしめた。



悔しいけど見直した…





.

I don't know 4.→←I don't know 2.

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す