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彼女は財布から千円札を二枚出すと、「お世話になりました」と両手で差し出してきた。


「あ、おつりは大丈夫。」


確か薬は千円ちょっとやったはず、と財布をスラックスのポケットから出そうと腰を浮かせると、彼女は手のひらを俺の方に見せた。


「二回も買い出し頼んじゃったから、労賃。あと、おかゆ作ってくれたし。」


「そんなんええのに。」


「あれ、すごく、美味しかったから。感動した。」


「そんな大したもんちゃうよ。」


半分無理矢理、二枚の札を摑まされて、彼女は満足そうな顔をした。


「あのおかゆ、人生の中のおかゆで一番美味しかった。」


「褒めすぎやって。」


「まあ、あのおかゆが人生初めてのおかゆだったけど。」


「…なんやねん、もお。」


くすくすといたずらに笑う彼女がどうしようもなく、愛おしくなった。



心の中で俺はズルいわ、と呟く。


わざとなのか、そうじゃなくなのか分からへんけど彼女は最初に話した時からずっと、今だって俺から一定の距離を変わらず保とうとしてくるくせに、

ちょっとした時の表情や言動に俺はいっそう、彼女への感情に溺れてしまう。


ああ。

多分、というか、もう、確実に。



好きやなって―――





「ほな、そろそろ行くわ。コーヒーご馳走様。」


グラスを洗った手を拭いて、彼女の方を見た。


「こちらこそありがとう。洗い物までごめんね。」


「明日から出社するん?」


「そのつもり。」


「あんまり無理せんときや。足やってまだ治ってへんねやから。」


彼女はふっと小さく笑う。


「大丈夫。一応27年間は多少無理しても死なないくらいには上手く生きてるんだから。」


大倉くんは優しいんだね、ってまた俺を遠くの外野から見てる第三者みたいな顔して言うから。

俺は悔しくなった。




「なあ。」


「うん?」


「今度、飯でも行かれへん?体調ようなったら。」


彼女は突然の誘いに少し眉間に皺を寄せ躊躇するような顔をしたように見えたけど俺の目を見上げて頷いた。


「いいけど…」


「ほなまた誘うわ。」


「…うん。」


「じゃあ、お大事にな。また会社で。」




見送りに立とうとした彼女をここで大丈夫やから、と止めて、リビングを後にした。

ガチャンと玄関の扉の音を背中で聞いて、俺は一度大きく深呼吸をする。


少し前まで何の予感も予想もなかった、突然起こった波のような恋はまだ始まったばっかりで。



昔みたいに躊躇してる暇はなかった。



「見えない何か」→←。



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蒼 夢見子(プロフ) - 茜音さん» 茜音様、初めまして。有難いお言葉に胸が熱くなりました…後先考えずにがむしゃらに書いてしまった荒すぎる出来の中でふたりの互いに想い合う気持ちは一番慎重に書いたのでそう言っていただけてとても嬉しいです!こちらこそ読んでくださりありがとうございました^^ (2018年11月10日 23時) (レス) id: d57fe18bd1 (このIDを非表示/違反報告)
茜音(プロフ) - はじめまして。あまりにも続きが気になって一気に読ませて頂きました。描写はもちろん、ヒロインと大倉くんのお互いを想う切実さが綺麗で、思わず息が詰まりました。とっても素敵なお話をありがとうございました。 (2018年11月9日 15時) (レス) id: c4843d23a9 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2018年8月7日 18時

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