第五十七訓 ページ13
キスをしてすぐ、彼女は俺の肩を押した。離れた唇に冷気が触れる。彼女は眉間にシワを寄せながら瞼を閉じ、必死に何かに耐えているようだった。
「…このままじゃダメ。貴方に依存しているようじゃ私は一生お父様に鎖で繋がれたままだ」
ごめんなさい、と彼女は俺に謝る。どうやらコイツは俺が慰めのために唇を重ねていると思っているらしい。ある意味幸せな奴だ。同時に少し傷ついた…ような気がした。
「…お前のためにこんなことしてるって、本気でそう思ってんのかィ」
「? どういう…」
「別に」
「ちょっと。何怒ってるの」
「別にって言ってんだろィ」
ズカズカと彼女の歩幅を気にせずに部屋をでる。後ろを早歩き気味でついてくる彼女は突然拗ねた俺に困惑しているようで後ろを見なくてもオロオロしているのがわかった。
広い屋敷内をいろいろ進んで、もうひとつの目的地の前に着く。俺の背中にドンとぶつかる彼女は背後から顔を覗かせて、神妙な顔をした。
「…ここが、そうなのね」
古臭い錆びた鉄の扉。そこにはいくつもの種類が違う錠前がかけられていた。おそらく土方さん達がかけたのだろう。扉と比べて錠前はかなり最近かけられたものだ。
ポケットに忍ばせていた鍵束を出して、その厳重に鍵がかけられた錠前をひとつひとつ解錠していく。
最後の錠前がガチャン、と一際大きな音を立てる。ギィィと軋む耳障りな音が耳から脳に入って支配される。まるでここから先は異世界へと繋がっているかのように、扉の奥は真っ暗だった。
持っていたペンライトをつけると、地下にずっと長い階段が続いていた。このペンライトじゃ最深部まで照らせず、俺達は有無を言わせず進むことを余儀なくされた。
さっきまでの男女の触れ合いとちょっとした口喧嘩の余韻は嘘のようになくなり、いつのまにかAは恐怖からか俺の右腕にぴったりとくっついていた。
「…行くぞ」
「…うん」
中へ入ると、扉が大きな音を立てて閉じる。びくんと彼女が跳ねた。右腕から彼女の早鐘の鼓動が伝わってくる。胸が思いきり当たっているのだが俺もこの空間に緊張してそれどころではない。ビビリの土方さんはどんな気持ちでここを進んだのだろう。
天井から滴り落ちてくる水が反響して轟く。肝試しでは比べ物にならない恐ろしさだな、としばらく進むこと10分くらいだろうか。またひとつの扉が俺達の前に現れた。
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作者名:ぽん酢ちゃん | 作成日時:2019年7月14日 19時