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無言のまま、来た道を戻る。
遠くから聞こえる酒場の声、石畳にひびく私たちの足音。
樹さんが、ゆっくりと口を開いた。
「…………A。」
「はぃ、」
「お前、うちに来い。」
「ぇ、」
いい宿は高ぇし、安い宿はあんなんだぞ、と、歩きながら呟いている。
「幸い部屋は余ってる。」
「…………はい、」
「森山さんの娘が悪さするとも思ってねぇし。」
「はい、」
「…お前がよければ、だけど。」
樹さんの家の前に着いて、樹さんはドアの鍵を開ける。ドアを開けて、私を振り返った樹さんは。
「…んで？どーすんの？」
と私を見下ろしている。
「お世話に、なります、」
そう言って頭を下げると。
樹さんは、「ん。」とだけ言って、家に入って行った。
樹さんは、私を3階に案内してくれた。
「こっちが俺の部屋。こっちが空いてる。人が来た時のために、家具は揃ってるから好きにしていい。」
「わかりました。」
「勉強するなら、2階の今日の部屋使って。用事を頼みたいときに面倒じゃない。」
「はい。」
それから、と、階段を降り始める。着いてこいという意味だと解釈して、一緒に階段を降りた。
「キッチンはここ。風呂とトイレはこっち。」
「はい。」
「調理道具は……あるっちゃある。」
棚を漁ると、小さなフライパンと片手鍋、ナイフとまな板、ケトルがひとつずつ出てきた。
「さっきも言ったけど、俺はメシ食わないから。好きに使って。」
「………あの、」
「衣食住について干渉されるの嫌いだから、俺。」
「……………わかりました。」
優しい人ではあるのだろうけど、引かれた一線は有無を言わせずに越えることを拒むものだった。
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作者名：月華
| 作成日時：2023年3月28日 1時
