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蒸気機関車の特級車両の個室車両に乗って、終点まで行く。
「今までの人生考えたら、個室の車両乗ったってバチは当たらねーだろ。」
という樹さんの言葉で、気持ちも財布も少し緩む。
私が取り出した財布をそっと押し戻して、樹さんが支払いをしてくれた。
「まさかお前の実家、終点より先だとは思わんかったわ。」
その終点の駅から出ている、更に先に行く機関車に乗り換えて行くのを
知った樹さんは、「よくそんなとこからわざわざ来たね。最寄りの駅の
名前知らんかったし。」と少しだけ呆れたような声で言った。
チケットに記された個室を見つけ、中に入ると。
向かい合わせに座ろうとした私を見て、左手で隣をぽんぽんと叩く。
「わざわざ離れて座らなくてもいーだろ、」
そう言って、隣に座った私の腰に腕を回されたかと思うと、そのまま
ぐっと引き寄せられた。
機関車に乗る前に買ったアイスティは、専用のボトルに入っていて、
しばらくの間冷たいまま持ち運ぶことができる。
「…便利な世の中になったもんだね。」
よく冷えたアイスティをストレートで飲みながら、樹さんはつぶやいた。
いつもと変わらない、決して多くはない会話を紡ぎながら、静かな
時間を過ごしていると、樹さんが思い出したように左手で私の後頭部に触れた。
「そーいや、大丈夫だった？」
「何がですか？」
「頭。何日か前、ぶつけてたべ？」
「……？あ、」
樹さんの別宅に移った次の日、目が覚めた拍子に頭をぶつけたのを思い出した。
「あ、もう、平気です、なんとも、ないです、はい！」
「なんでまた寝起きに頭ぶつけたわけ。寝相悪いの？」
「ち、ちがいま、」
ひとりであたふたしていると、そのままぐっと引き寄せられて、唇が重なった。
数秒の間、優しく触れていたかと思うと、ふわっと離される。
「目が覚めたら目の前に俺がいて、驚いたんだろ。」
距離が近いまま、樹さんは、からかうような言葉を甘い声で囁くけど。
それを誤魔化して切り返せるほどの経験値は私にはないから、つい黙り込む。
樹さんは甘い声のまま、「ホントかあいいね、オマエ。」と囁いて。
「ん、」
唇が、さっきとは比べ物にならないくらいに熱く重なった。
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作者名：月華
| 作成日時：2023年3月28日 1時
