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樹さんの家に来て、もうすぐ3週間となったある日。
今日も、樹さんは私の時計を修理する作業をしてくれていて、私は
その近くで勉強をしている。
すると。
ジリリリ、と、伝声管の呼び出しベルが鳴った。
蓋を開けると、交換手の声がする。
「A、出なくていいぞ。」
「え、ですが、」
少し躊躇している間に、交換手が切り替え作業をしてしまった。
『田中少佐のお宅ですか』
「え、あ、は、」
『あんた、家族の人かい。少佐は元気かい?』
「あの、どちらさま、」
『いいね!少佐は失ったのが右腕だけで!!』
「…………え…?」
『返しておくれよ!うちの人も!!息子も!!!!!』
伝声管から、悲痛な叫びが部屋に響く。
『少佐の船に乗ってうちの人と息子は死んだんだ!なんで!なんで少佐だけが!!!』
「あの、ちょっと待ってください、」
『戦争には勝ったかもしれないけどね!うちの人は帰っちゃ来ないんだよ!!!』
泣きながら叫んだ声の主は、言うだけ言うと、通信を切った。
呆然と立ち尽くしていると、背後で樹さんが立ち上がる気配がして。
そのまま、樹さんは私の方に歩いてきて。後ろから手を伸ばすと、伝声管の蓋を閉めた。
何も言えないまま、振り返る。ぎこちない自分の動きに、ギギギ、と音がしそうだと思った。
声にならない声で、樹さん、と、名前を呼ぶ。
樹さんは、今起きた出来事を、小さく鼻で笑う。
「うるせーよ。俺が元気いっぱいに暮らしてるとでも思ってんのか。」
そう言って。
「……A……。」
樹さんは、私を抱きしめると。
そのすらりと大きな背をゆっくり屈めて、私の肩に顔を埋めた。
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作者名:月華 | 作成日時:2023年3月28日 1時