たとえばここが、世界の果てでも (ページ16)

今日:3 hit、昨日:22 hit、合計:67,672 hit

16 ページ16

世界中に不穏な空気が流れてて、いつ戦争が始まるのか、って頃。
軍港が近いこの街に、俺は配属された。

士官学校をトップで卒業した同期６人が、各部隊の少佐になって配属されることが決まってて。

俺はその中のひとりとしてこの街にやってきた。

景気があまりよくない傾向にあったけど、戦争が起きれば多分、一気に景気は回復するだろう、って。
国中がそう思っていたし、実際、少しずつ景気は回復しつつあった。

だから、少し明るい雰囲気もあったにはあったけど、やっぱり戦争が始まる不安とは
背中合わせで。なんとも言えない空気が漂ってた。

街を歩く軍人の数も増えて、それに合わせた商売も増えて。
酒を出す店も、士官目当てに街角に立つ派手な化粧の女も、日に日に増えた。

俺がこの街に配属されてそんなに日を置かずに、戦争が始まった。
敵の艦隊をいくつも沈めたし、自分の隊の軍艦も沈んだ。

目の前で仲間がいなくなるストレスは、ガチでヤバい。
結構うなされたし。

酒に頼った記憶はないけど、毎晩のように街で立ってる女を買ってたかな。
別に好きでもなんでもないけど、誰か一緒に寝ればなんとなく穏やかに眠れてる気がしたから。
一般市民への不安を与えないように、なるべく平常時と同じように過ごしてたし、
わざと軽薄な感じで女を買ってた。

…し、そうじゃない女の子にも、フツーに声かけてた。
だから、今でも市場の連中とかがAに忠告してんだと思う。

　そこまで話して、樹さんはミルクティを飲んだ。

ある日。
敵国の艦隊の規模が、過去イチだった。

いつものように、俺たちは出撃して。

そのとき、右腕を持ってかれて。

同じ軍艦に同乗してた、森山技師が亡くなった。

最期、俺に、時計の修理を教えた時間は楽しかった、と言ってくれた。
故郷に残してきた妻と娘のことが、心残りだ、とも。

ここまで話して、樹さんは顔を上げて。

私と視線を合わせて。

「ずっと、Aに挨拶に行けなかった。俺が生き残って、森山さんが逝ってしまったことが、申し訳なくて、」

逃げてた。そう言うと、

「親父さんを生きて帰してあげられなくて…申し訳なかった。」

と、頭を下げてくれた。

その拍子に、樹さんの両目から零れた雫が、金属でできた右手に落ちた。