2 文豪グルメ 短編集【文スト】

立原道造　　鯛焼き ページ35

「只今戻り…あ…？」

「あ、立原」


　立原道造がとある任務から、Aの元へ向かうと。


「これA、動くでない」

「怒られた」

「……」


　しゅんとしたAに一礼、包みを持った手を後ろに組み、待機する。


「やー、やっぱこの紅、可愛いですね」


　そしてうっとりし始めたAに、彼の心臓は跳ねた。


　透明の小さな瓶に、薄紅、茜、萩、梅、柘榴……

　何時も美しい尾崎の指先を彩るネイルのボトルに囲まれ、Aも彼女に塗って貰っていた。


「撫子色……淡い色合いがAに、今の季節にもぴったりじゃ」

「綺麗！」


　左手、右手、ヒヤッと液が塗られていく指先。


　それを壁際で、黙って立原は待つ。

　彼女を、見つめる。


　トップコートで仕上げ、満面の笑顔のAを。


「有難う御座います尾崎さん。可愛い、綺麗！」

「なら良かった。とっても似合っておるぞ」


　尾崎もかなり、ご満悦な様子。


「済まぬが、私は少し出掛けるからのぅ」

「行ってらっしゃいませー」


　退出の際、尾崎からウインクされる立原。


　え…バレバレッスか、俺。


　冷や汗をかいて、見れば。

　先程までとても嬉しそうにはしゃいでいたAが、どんどん意気消沈して行く。


「ど、とうしました？」


　焦り顔で立原が聞くと。


「立原、それ、購ってきてくれたんだよね？」

「あ、はい」


　包みを見せた。


「鯛焼き…焼き立てが、食べたい…」


　その、指先と肘を固定した体制で、涙目で。


「これじゃ食べられない…どうしてくれる…」


　…アンタが10秒で購って来いって云ったから最速で来たンですケド。


「あー」


　Aが口を開けた。

　あぁ、はいはい…。


「カスタードっすよ」

「うん」


　その一言で、曇り顔が晴れた。鯛型の生地は、ふかふかの熱々。


「云われた通り、天然物ッス」

「うん！」


　天然物とは、一匹ずつ専用の型で焼いた物。
　Aの目の前に行き、差し出すと、


「違う、頭からー」


　注文の多い人だ、相変わらず。
　従い、Aと対面、

　がぶりと噛み付かれた。
　猫の様。


「ん、あっつ、うまー」


　カリカリの外側と、もっちりした中の生地から溢れる黄金のカスタード。

　焼き立てなので、その頬は赤く染まった。


「くるしゅうないよー、立原」

「そっすか」


　こんな生活が、何時まで続くのだろうとは考えず、


　彼も頬を、ほんのり朱く染めた。

織田作之助　湯豆腐→←エリス&夢野久作　フルーツパフェ【ウミソラ様Req.】

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