「ある土曜の夜」 ページ1
＊
「うわ、想像以上にボロボロや。」
静かに扉を開けて部屋に入ってきた大倉くんは私の姿を見てそう言った。
開いた扉の隙間からリビングのぼやけた明かりが差し込んで、大倉くんの顔は逆光でよく見えなかったけど、多分呆れ笑いを浮かべている。
「…来なくていいって言ったのに。」
布団を鼻まで引っ張っていじけたように言うと、
「そういうわけにもいかんやろ。」
って、今度ははっきり、口角が上がって見えた。
なにも今に始まったことでもないけど、この数日は私のツイテなさの集大成のような日々だった。
熱が出たのは金曜の昨日、駅の階段で派手に転んで腕やら膝やらに子どもみたいなすり傷をたくさんつくったのは木曜日、お気に入りだった鞄が壊れてピアスの片方をなくしてしまったのは水曜日。
文字通り、ボロボロだ。
大倉くんはというと、ちょうど水曜から泊りがけで大阪に出張で、昨日は実家に泊まっていた。
予定では大阪から帰ってきた夜――つまり今夜、今のこと――、久しぶりに焼肉でも食べに行こうってはなしだったのに。
ここまで含めて、ツイテない。
「ごめん。」
熱を測る私の横で錠剤をアルミの包装から出してくれている大倉くんを見た。パキパキとかすかに音が鳴る。
熱が出たときに体温計の先の部分を脇で挟むのは何歳になってもあまり得意じゃない。つめたくて、背筋がひやりとする。
「なにが？」
はい、と大倉くんは私の手のひらに錠剤を乗せて、私はそれをいっぺんに口に入れてから大倉くんが用意してくれたグラスの水を流し込む。
薬を飲むのも、苦手だ。いつも胸につかえたような違和感を覚える。
「…疲れてるのに、世話焼かせちゃって。それに焼肉の約束も。」
大倉くんの髪の毛はまだすこしだけ濡れているように見えた。
おそらく、大阪から帰ってきてひと息つく間もなく、シャワーだけ浴びて私の様子を見に来てくれたんだと思う。
大倉くんはよくメンドくさいって言うし、気だるそうにしてるのに、マメだしやさしい。思えば初めてこのマンションで会ったときだってそうだった。
熱を出すのは、あのときぶり。
大倉くんはゆっくりとベッドに腰かけた。身体がすこしだけ沈んだ。
それと同時に、体温計がちいさく音を立てる。
＊
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蒼 夢見子(プロフ) - 璃実さん» 璃実様、お返事が遅くなってしまいごめんなさい…！ただのいちファンとしての勝手な主観ですが、大倉くんの強さややさしさを描けたらなと思いながら書いていたお話なので、そう言っていただけてほんとうに嬉しいです。最後まで読んでくださりありがとうございました^^ (2023年3月4日 22時) (
レス) id: 4e57835bcc (このIDを非表示/違反報告)
璃実(プロフ) - 沢山の人から生真面と言われてきたので主人公とどこか重ねて読んでいました。私がそうであってほしいと思う大倉くんと、きっとほんの一部ではありますが私が見てきた大倉くんを形にしたのもがまさに夢見子さんの描く大倉くんでした。素敵なお話をありがとうございます。 (2023年2月19日 23時) (レス) @page23 id: 096fac2c00 (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 日玖さん» 日玖様、最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。そのようなことを言っていただけて私もしあわせです……少しでも楽しく読んでいただけていたらそれだけでもうとても嬉しいです^^ありがとうございました…！ (2022年3月13日 17時) (レス) id: caebde5a3d (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 美波さん» 美波様、あたたかいコメントいただけてとてもうれしいです…（涙）お話を書くのは自己満足のためとは言え、読んでくださる方がいてこそ最後まで書くことができたと思っています。こちらこそ心から感謝です……本当にありがとうございました！ (2022年3月13日 17時) (レス) id: caebde5a3d (このIDを非表示/違反報告)
日玖(プロフ) - 完結おめでとうございます。ほんっとうに物語に引き込まれっぱなしで、読んでいる時間いつだってとても幸せでした…！素敵な作品を、ありがとうございました。 (2022年3月9日 22時) (レス) @page23 id: bbffd7f7da (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：蒼 夢見子
| 作成日時：2019年7月16日 0時
