【ヒプノシスマイク短編集】惑溺

57.non-dictional(毒島メイソン理鶯) ページ9

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ひどく饐えたにおいの、自分の両手を見つめていた。
殺人には権利が必要なのだと強く思う。そして自分はそれを手に入れているのだろうということも。ヒトの命を奪うことすら正当な恋愛的行為に昇華するのである。
血を冷たい水ですすぐ。川の流れる音が、死の事実をかき消すようだった。ありふれた夜のありふれた殺害。棺の中のような暗い夜に、世界には自分しかいないかのような焦燥に襲われる。さびしい気持ち。あなたに会いたい。
俺 に 飽 い て い る あ な た に 会 い た い 。

雑踏のなかでこの亡骸と歩くあなたの夢を見たのだ、あなたは笑っていた、きれいに、小官だけを愛していると云ったその笑顔のまま！腹の中の内臓どもすら冷えてゆくようだった。目を覚ましたかっただけなのだ。そっけない絶望の味は苦く口内に広がり、やがて現実であることを突き付けた。
そのとき明確に、脳の奥の何かが狂ってしまったのだと思う。
あなたは愛で俺を狂わせたのである。

A。あなたのせいで。命が失われた。
そう彼女に伝えた自分の頬は緩んでいた。
低い自分の笑い声が邪魔だった。初めて見るAの泣き顔、初めて見るAの嗚咽に、俺は結局のところ興奮を隠しきれなかった。
「あなたが本当に、心から小官を愛していなかったとしても、ここから逃げても、小官は、どうしてもいつでもあなたを想っている。愛しているんだ。だから邪魔は排除する。殺す」
それこそが真実に愛であると信じているからだ。この世の何よりも正しい。美しい。愛の殺戮を。あまい血の雨を。キスのようにやさしく皮膚を引き裂き、溺れるほどあふれさせたい。あなたがそれを望んでいなくとも。 あなたの血を分けた家族であろうとも。
鍋の中でぐつぐつ煮えている。それは愛の結果であり、さいはてであり、腐ってしまったあのころの慈しみのまなざし。血・脂・細胞のひとつひとつが一緒くたになってぐつぐつ煮えていた。ゆれて、ゆれていた。
俺は蹲るAにかがみ、頬をぼろぼろ落ちていく涙を舐めた。「あまい、どうしてあなたはどこも甘い？ぁあ、いとおしい…やはり、小官が守ってやらねば」まったく獣染みた庇護欲がますます質量を増す。愛しているというかたちにくちびるが動き、涙の味の残るそれでキスをする。それはなんでもない日常のように自然だった。景色と同じく流れてゆく恋人たちの幸せは、彼女の兄弟の死が、一層その輝きらしきものを本当の愛に近づけたのだ。

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