【ヒプノシスマイク短編集】俗悪

4.愛月撤灯(碧棺左馬刻) ページ4

愛月撤灯

俺の掌中にはすべてがある。
「欲しいものがあるなら言えよ。」
Aは黙って、窓の外を見ている。足枷をつけさせる代わりに俺が開けてやった窓だ。横浜の潮風と排気ガスの流れる空気を、きっと俺から逃げたいがために眺めてるんだろう。
相変わらずギリギリまで小さく座るAの足首には、足枷が擦れて痣ができている。ああ、愛。それを見るたびに俺は正しいんだと思い直す。
Aをここへ連れてきた日から、隈が増えたのも、笑顔が減ったのも、うざってえ他の男の名前が口から出なくなるのも、全部正しい。
窓と小さな本棚しかないこの病室のような部屋で、いつもAは呼吸をしている。いつも死にながら生きている。俺の出した飯も食わないときもある。薬は13種類も飲んでるようだ。まだ元気があったころ、Aは俺に「こんなのおかしい、狂ってる」なんて言ってやがったが、本当におかしくなったのはどっちだか。

俺は何も言わないでAのとなりに座った。「なんもねーのに、よく飽きずに眺められるよな」頬杖をついて言った。Aは、視線はそのままで答えた。「ううん。あるよ。外には、いっぱいある」「そーかよ」
そう言って乱暴にキスをしてやると、やっと目が合う。ああ、今日初めて目が合った。もうたぶんこいつは俺のことを好きにはならない。どんなに抱きしめてもキスをしても、あの愛おしげな双眸は戻らない。俺はそれでもいいと思った。ただおまえがここにいるなら俺はそれで、満足だ。自分に言い聞かせる不確定な執着。

「おまえ、ずいぶん痩せたな。」頬を撫でると、指が骨に触れる。エアコンもつけていない、この世界の外のなまぬるい空気が、俺たちを包んでいた。「うん。聖書が、おもろしくて」Aは久しぶりに笑った。前より浮き出た頬骨が馬鹿みてえに愛しい。

一瞬、月が波を照らして、眩しいくらいに光って、それから褪せた。俺は、Aと会わなければよかったのかもな。Aの涙を、ふと思い出した。愛。愛すら澱む部屋の無機質。無機質をかき消すおまえの呼吸音。いつか俺の前からいなくなる、おまえ。「…聖書とか俺、わかんねえ。」正しい愛のありかたを見つけられない俺たち。死んじまえ。

「うん。だから、よんであげるね。」
Aは痩せた顔で微笑んで、手を繋いだ手を話した。俺の心臓を、擽るような痛みが掠めた。なぜだか、さようならと言いたくなった。
俺とおまえは、この部屋で、嫋やかに殺されていく。

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名前5文字攻め

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