12.陰翳より(毒島メイソン理鶯) ページ12
陰翳より
こんなにもあっけなく火は消えてしまうものだったか。
暗闇の中手探りでちいさな火種を炭のほうへ移す。月と星の明かりがAの頬をうすぼんやりとうつし出す。睫毛がきらりと光を反射して、まぶしいくらいに輝いている夜。
軍人に迷いがあってはならない。そんな至極真っ当なことを忘れてしまったように、小官の手はわなわなと震えたままだ。やっと火がついた。暖かな光が小官とAを照らす。橙がAの冷えた身体を染めては、ちらちら踊るように蠢いた。女の白い肢体を際立たせるかのようなその容貌は、この世のなによりも悍ましい。
小官はこの手でAを殺したのだと。
脳髄は思考することを、それを許可することを否定しつづけている。
Aの細い首を絞めたその手で、彼女の右手を握る。指先は人間的な体温をまったく失って宙を泳ぐように彷徨った。それを捕らえると、2週間前にしたデートのときを思い出し、ゆっくりと指を絡ませた。Aの開ききった瞳孔と、口の端の唾液を指の腹で拭う。
暗闇に溶けていなくなりそうなあなたは、何よりもきれいだ。
生を失ってもなお消えない気高さがある。火が少しばかりあたためた唇を重ねた。そこから小官の身体はあなたに蝕まれてゆく。病のように、呪いのように。
ずっと一緒にいようね。Aは3日前にそういった。
小官はその言葉を聞いて、この生涯のなかでもっとも嬉しい気持ちを覚えた。あなたのこの体温を、声を、感触を、視線を、絶対に忘れないだろうと思った。
けれど今、あなたの体温、声、感触、視線、そのすべてが喪われようとしている。
小官は悲しくてたまらなくなる。心臓のあたりが痛くなって、苦しくなる。A、身勝手な小官をゆるして欲しい。
あなたが好きなんだ。
小官たちはずっとここにいるだろう。夜が終わっても、その次の夜が終わっても、共に。
Aの髪が抜け落ちようとも、Aの肌が腐ろうとも、Aが小官の名を二度と呼ばなくとも、小官たちは、ずっと此処にいる。
Aの睫毛は永遠に震えない。「理鶯。」呼ぶ声は聞こえない。月光に冴えるこの眼が、ただ夢を見ることを許さない。
愛に縛られた心が、あなたを乞うている。Aと小官の指は、とうとう、ほどけた。
午前零時の不完全なまぼろしが、目蓋に焼き付いて離れない。
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タメィゴゥ - めちゃ面白かったです!ド好みです!ありがとうございました! (2019年12月23日 18時) (レス) id: 98d1675711 (このIDを非表示/違反報告)
43沿い(プロフ) - タメィゴゥさん» リクエストありがとうございます!そういうのめちゃ好きです!遅くなるかもしれませんがサマトキ了解しました! (2019年12月4日 1時) (レス) id: 8c7ee14403 (このIDを非表示/違反報告)
タメィゴゥ - すみませんリクエスト良いでしょうか? もしよろしければ左馬刻様が夢主にでろでろに依存してしまい離れられないお話を書いていただけませんでしょうか? リクエストがもはやキャラ崩壊ですがよろしければお願いします。<(_ _)> (2019年12月2日 19時) (レス) id: 78b2b55a96 (このIDを非表示/違反報告)
43沿い(プロフ) - 林檎麻さん» こちらこそありがとうございます!!!はらいくうこうくん、了解しました!ちょいムズですね…がんばります (2019年11月6日 21時) (レス) id: 8c7ee14403 (このIDを非表示/違反報告)
林檎麻(プロフ) - いつも素晴らしいお話をありがとうございます…とっても好きです…愛してます…。リクエストでよかったら波羅夷空却くんをお願いしてもいいですかね…??応援してます…!! (2019年11月3日 2時) (レス) id: 5fe5e3438d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:43沿い | 作成日時:2018年8月31日 0時