砂は君を抱く ページ18
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───はじめは、大赤砂海の真ん中。
黒曜石でつくられた赤砂の杖を持ち、砂漠の熱風を一身に浴びていたころ。
花、赤砂、千樹の王たちはただひとりの男を寵愛した。
その男は、ただの人間だった。
砂を故郷とし、森に親しみ、花を愛した。
どこにでもいるような、砂漠の民のひとり。
そう。彼は、凡百な人間のひとり。
花神を失い、悲嘆に暮れた赤砂の王は、寵愛する人間をさえ喪うことを恐れた。これ以上大切なものを失ってしまったら、自分はもう生きていけない。
だから男を不死にした。
死ぬことがなければ、己の元から去ることもない。
そして、花神の復活にも固執した赤砂の王は、禁忌の知識に手を出した。
男は赤砂の王に嘆願した。
『なりません、王よ！ その知識だけは頼ってはならぬと、千樹の王も仰っていたではありませんか！』
しかし砂王はその嘆願を聞き入れず、禁忌の知識を民にさえ広めた。花神の復活へ注ぐ熱量は、もはや妄執とも言えた。
禁忌の知識は民たちを狂わせた。
男も例外ではなく、禁忌の知識に汚染され、狂い果てた。
けれど死ねない。
赤砂の王に施された術式は、男に苦痛をもたらし続ける。
いっそ殺してくれと何度も思った。
何度も死のうとしたし、何度も祝福を引き剥がそうとした。それでも世界は男に生きることを求める。
千樹の王はそれを哀れに思い、砂の祝福を樹で塗り変えた。不死ではなく、不老でもなく、ただ輪廻を繰り返すように。
男は、砂と森の
それから、魔鱗病が蔓延した。
男が魔鱗病にかかる前に、赤砂の王は自ら命を絶った。
『王よ、あなたが私を置いていくなんて……そんなこと、話が違う。ボクはあなたと生きていくために、この祝福を受け入れたのです。王よ……頼むから、目を開けて……』
黄金の眠りは赤砂を安らがせ、千樹の王は砂漠の民を救い、幼子の姿となった。
男は花と砂を悼み、樹に感謝して生きることにした。
霊廟からは離れなかった。
赤砂の王が用意してくれた部屋で、ずっと、ひとり。
寂しくはなかった。砂がそばにあるから。
悲しくもなかった。愛した王は、穏やかに眠っているから。
祭司カサーレに部屋の鍵となる石板を託し、男はその生涯を部屋の中で閉じることになる。
選んだのは、ゆるやかな自死。
砂神がいない世界には、意味などなかった。
鍵を託された祭司はこう残している───
『彼は、いつでも砂と共に在る』
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作者名：荒矢式 | 作成日時：2022年11月18日 4時
