◇TH◇ ページ50
日本語でそう言ったAの言葉は、難しい単語は無くて。
全部理解できた、
理解できたけど、浸透するのに時間がかかって。
俺は思わず黙り込んで、同じように黙ってしまったAとしばらく見つめ合ってしまった。
「そうだね」
ぽろっと、口から溢れた言葉が、あんまりあっけなくて。
さっきまで本当は、音楽で押し流そうとしても響いてくる、嫌な音や、怖い声を追い出そうとやっきになってた。
どうして他人をこんな気持ちにさせるようなことをする人が世の中にいるんだろうかって、でもその根源は好意からのものだって分かってるって、取止めもなく思考が回ってた。
暴力的にぶつけられたら、それが何だって。
好意だって、こんなに痛いのに。
どうしようもなく傷付くのに。
どうしてこんなことができるんだろうかって、思ってたのにね。
「…それでも楽しいことの方が、幸せだって思うことの方が、多いよ」
日本語で返事するのは、難しかったから、韓国語で返事をしちゃったけど。
さっと視界が開けるように、世界が色を取り戻すような感覚だった。
『なら、良かったですね』
にこっと笑ったAは、ソウルで再会してからずっと、何してくるんだろうって俺を警戒してるAじゃなくて。
日本で一緒にいたAだったから、思わず泣きそうになって、とっさに顔を背けた。
「…離陸まで、そこ座ってて」
何もしないから、って言おうとしたら、指先が暖かくなって。
思わず視線を向けたら、俺の指先に、Aの手が触れてた。
ああ駄目だ、ほんとに。
俺はもらったブランケットをとっさに頭から被って、それから指に触れてるAの手を掴んで、俺のお腹に抱えるみたいに巻き付けてぎゅっとして。
かっこ悪いとか、そんなのもうどうでも良かった。
それより好きな女の子に、こんなことで目から出てくるような子供っぽい汁を、見せたくなかったし、Aから触れてきてくれたこのぬくもりを、手放したくなかったから。
それに、俺の脇腹にあるAの指が、
無言のままそこ抱きしめるみたいに、
ぎゅっと応えてくれたから、
もう。
ほんと、もう。
こんな子、好きしかないじゃん。
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作者名：フネ55
| 作成日時：2023年1月30日 20時
