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どうにかしてアパートから逃げ出してきた彼女の手を引いて、待ってもらっていたタクシーに乗り込んだ。
会話なんてなくて、ただ握ったままの手を離れないように強く握り直しているだけ。
唇からは血が出ていた。
首元には絞められた跡のようなものがあった。
おかしいじゃん、こんなの。
なんでこの子がこんな目に合うの。
ただひたすらに誰かの幸せを願うような子で。
人から恨みを買うことも無くて。
それなのになんで。
「もう少し、早く助けてあげられたら良かった」
そんな僕の呟きに、彼女は足元に向けていた視線を僕に合わせた。
「助けてくれた、それだけで、充分だから。
迷惑かけてごめんね」
微笑んだ彼女は、あまりにも痛々しい傷を隠すようにまた顔を伏せた。
目を背けたくなるような現実。
愛した彼からの暴力。
いつかは、やめてくれるとそう信じていたんだろう。
いつかは、また愛してると言ってくれると縋ってたんだろう。
僕だって似たようなものだ。
いつか彼女に会えて、また好きだって言えるって。
いつか、手を繋いで2人で恥ずかしいなんて思いながら、キャラクターカチューシャをつけてテーマパークを歩くんだろうって。
いつかまた、好きって言って貰えるって信じてた。
人間はないものねだりをしてしまうもので、叶いもしないようなことも、いつかは、いつかはと思ってしまうんだ。
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作者名:M。 | 作成日時:2019年9月26日 22時