12. 仄かな月影 ページ12
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腕時計を見ると、夜の9時を示していた。
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あぁ、まだ21時か…早いな、って思うのは
体の感覚だけが大人になったからなのか…
と考えながら店を出た。
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大野さんから言われた言葉が繰り返し脳裏を過ぎる。
全て忘れてしまおう
なんて考えて流し込むようにお酒を飲んだのに、
慣れない道でも足取りは確かだ。
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凛とした静けさが広がる夜に、私の足音だけが響く。
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こんな時、あの人がいてくれたら。
叶いもしない事を考えるのは、酔いの所為だろうか。
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翔と付き合い始めて4年。
あと数ヶ月で5年記念日だった。
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翔と私はサークルの先輩と後輩。
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翔の周りにはいつも人がいて、キラキラの太陽みたいな笑顔を振り撒いていたのを思い出す。
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だから、初めて翔に告白された時は驚いた。
なんでも卒なくこなす翔にとって私を堕とすことなんか簡単だったと思う。
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勉強も、スポーツも、仕事も、彼氏としても完璧。
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だけど
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そんな翔といるのは、時々息苦しかった…
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それでも翔の隣に居続けたのは
別れる理由が無かったからなのか…
私には勿体ない人だと自負していたからなのか…
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「相葉さん……」
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誰もいない歩道橋で、その名前を口にした。
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仕事や翔の事で悩んでいた私に、
相葉さんはいつも温かい笑顔をくれた。
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お店が混み始めると私より慌てるところや、
クレーマーにずっと頭を下げ続けるところ、
自分で作った珈琲を美味しいねって言うところ、
相葉さんの全部が、翔と違って新鮮だった。
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どんなに体調が悪くても台風の日でも相葉さんがお店を閉めることは無かった。
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でも一度だけ明日は臨時休業ね、と言われた事がある。
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その日は
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相葉さんの奥さんの命日だった。
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雅「1年前事故で死んだんだ＿＿＿。」
いつだったか、「奥さんは幸せですね」なんて笑ったら、相葉さんはそう言った。
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翔との日々に居心地の悪さを感じていた私と
奥さんのいない寂しさを紛らわしたい相葉さん
お互いに丁度良かったんだ。
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初めて体を重ねた日、相葉さんは誰に向けたのか分からない「ごめんね」を繰り返した。
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雅「笑った顔がよく似てるよ」
相葉さんに言われた言葉を懐う。
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冷たい風が私の肌を撫でる。
昼間の煌々と輝いていた太陽が隠れ
夜空に浮かぶ月が仄かに私の足元を照らす。
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私は妙に、居心地が良かった。
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作者名：星雪 x他1人 | 作成日時：2020年5月8日 1時
