多分もう、思い返さない/衣更真緒 ページ13
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ぽたりと音を立てて、私の顎を伝う汗が落ちた。
それは滴り落ちた箇所からじわりと広がっていく。やってしまった、と思いながら視線を動かした先には思った通り書類があった。
「……どーしよっかなあ」
確かこの書類は今日中に提出しなければいけないものだった気がする。印刷された文字は私の汗で滲んでしまっていて、このまま提出したら怒られてしまいそうな有様だ。
私は悪くない、と思いたい。そもそも汗が滝の様に流れてしまうのは、この死ぬほど暑い生徒会室のせいだ。
書類が飛び散らないように申し訳程度に開けられた窓からはぬるい風が入り込んできて、私の髪をゆらゆらと揺らす。
「……あれ、A、いたのか」
「まーくんじゃん、どうしたの」
がらりと音を立てた扉の方を見ると、そこには生徒会に所属している幼馴染がいた。
「その呼び方やめろよ」
げっと顔を顰めて頬を掻くまーくんに「はいはい」と適当な返事をしてから、もう一度困ったように書類に向き合った。
眺めていても滲んだ印刷は元に戻らないし、乾いたとしても滲んだのはそのまま。
困っちゃうなぁ、暑くて。
すっかり忘れていたけど、まーくんは一時間くらい前にレッスンか何かのようで帰ったはずだ。どうして今ここにいるのだろうか。
だらだらと歩いてそのまま椅子に座った彼の方を盗み見る。
「帰ったんじゃないの？」
手元に視線を戻して、そう問いかける。
家なら冷房ガンガンに効かせられるし、こんな煮えるようなも思いしなくて済むのにね。なんて変わり者なんだろう。
「ああ、これ差し入れ。アイス持ってきた」
「えっ……ハーゲンダッツじゃん」
どういう風の吹き回しなの、とキラキラとした光に満ち溢れているであろう瞳をまーくんに向ける。
アイスだなんていうから、某六十円のアイスバーとか二つで一つの安いやつとかそんなんだと思っていたのに。
しかもひとつしか入ってない、って完全に私のためだ。
外からカップの側面を押せば少しだけふにふにしていて、もう溶けかけているのだということが指先に伝わる。
完全にに溶け切る前に食べてしまおうと蓋を開け、薄いビニールに包まれていたスプーンを取り出してひとすくいした。
私の好きないちご味。最初のひとくちって、妙に美味しく感じるんだよね。
あーん、と口を開けた――と同時に、手首を掴まれ固定される。
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作者名：enst青春合作 x他9人 | 作者ホームページ：
作成日時：2018年5月20日 21時
