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「冒険者などもうやめろ。お前にも、貴族としての責務がある」
夫人へと向いていた意識が、強引に部屋の中へと引き戻された。
俯いたまま耳をそばだてるAの横で、部屋に乗り込んだりも、その場を立ち去ったりもしない夫人。
「……。ねぇ、貴女」
『……』
しかし彼女は、静かにAへ呼びかけた。
面を上げると、夫人は顔をドアへと向けたまま視線だけをAに寄越して。そうしてすぐに戻す。
「もう帰ったら？」
素っ気なくも言われた台詞に、頬をはたかれたような気分だった。やっぱりご夫人も、私たちを認められないのか。
Aの足元が、ゆっくりと崩れていく。
「今までの素行には目を瞑る。だがこれ以降は、身を弁えた振る舞いをしろ」
「恩人を突き放すことが、身を弁えた振る舞いだとでも？」
「……あの娘には、私から恩賞を出す」
「必要ありません。彼女から離れるつもりはありませんから」
「……。どうしても反抗したいというなら、相応の措置をとるぞ」
「覚悟の上です」
『……っ』
喉が震えたまま息を吐き出して、額に手を当てる。触れた前髪を、ぐしゃりと強めに握った。
嬉しいと、そう、思えなかった。
知らなかったのだ、何も。興味がないと、貴族というものをよく知りもせずに。
真っ直ぐに笑ってくれる貴方だけを見て、その笑顔だけを信じてしまった。
その奥で貴方が、どれだけのことを覚悟していたのか、知ろうともしなかったのだ。
きっと今も、貴方の覚悟を、全部は理解できていない。
――彼は私と生きるために、生まれ持った全てを捨てようとしている。
「……だから言ったでしょう、帰ったほうがいいと」
隣で聞こえた溜め息混じりの声が、今は耳に痛かった。
「馬車を用意させましょうか？」
『……。いえ、結構です』
「……そう」
結局、Aは侯爵本人と対面することはなかった。
侯爵家の敷地を抜けたところで、見送りに出てきた黒服の男が、一礼を残して屋敷へと戻っていく。
――好きです。俺の恋人になってください。
『……』
どうして、簡単に頷いてしまったの。
あのとき、彼と自分とで、容易には越えられない壁があると知ったばかりだったでしょう。
何故か涙は出なかった。
胸にぽっかりと穴が開いたようとは、こういうことを言うんだろうか。
漠然と、そんな風に考えていた。
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江之子(プロフ) - みかんさん» コメントありがとうございます。頑張ります！これからもお楽しみください。 (2020年7月13日 16時) (
レス) id: f8221d30c6 (このIDを非表示/違反報告)
江之子(プロフ) - 藻塩。さん» コメントありがとうございます。気に入ってもらえる展開でしたか！作者も好きです、書くときちょっと辛くなりましたが…(笑) (2020年7月13日 16時) (レス) id: f8221d30c6 (このIDを非表示/違反報告)
みかん - コメント失礼致します。とても面白く読ませて頂いています。これからも更新頑張って下さい。 (2020年7月12日 19時) (レス) id: 8cc228e6cc (このIDを非表示/違反報告)
藻塩。(プロフ) - 江之子さん» コメ失礼します、すんごく展開が好きです…！これからも無理しないように頑張ってください！ (2020年7月12日 14時) (レス) id: 7b5f2afcc4 (このIDを非表示/違反報告)
江之子(プロフ) - 菜の葉さん» コメントありがとうございます。登場人物たちに感情移入してもらえるとは、この上ない褒め言葉です…！頑張ります。 (2020年7月11日 0時) (レス) id: f8221d30c6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：江之子
| 作成日時：2020年4月20日 23時
