蝶 ページ20
「うう……」
凛月が目を覚ますと、触れていた筈の温もりがない。抜け殻になったような腕が虚しく落ちている。
蝶が蛹を捨てていくように、するりと、気づかせることもなく抜けていくのだ。残酷な女神様は。
締め切られたカーテンの裾から陽の光がちらちらと零れていた。そろそろ起きる時間だろうか。
もう少し寝ようと思う前に凛月の瞼は降りていく。
「うーん、もう、まだ寝ていらしたの？ そんなに眠って、頭や腰が痛くならないのかしら」
彼女が起こしにやって来たのは、日の傾く少し前。
「うーん、俺は平気ー」
女中や使用人なんかよりよっぽど彼女は厄介だ。凛月が起きるまで絶対に諦めない。
ふああ、とあくびをすると涙で視界がゆがむ。
「そろそろ起きてちょうだい」
「やだ……」
大人気なくごねると、Aは無邪気な笑顔で卑怯な手段を使ってくる。
「どうしたら起きてくれるの？」
そう、Aが条件を飲んだら俺が起きなきゃいけない状態に持ち込もうとしてくるのだ。
知ってか知らずか。
「じゃあ服脱いでよ」
「え！？」
試すような目でAを見ると、彼女は心底驚いた様子でこちらを見返した。それからおろおろとうろたえてみせる。
あー、慌てちゃって。と凛月は心の中で笑った。
面白くて目が冴えてきたかも。
「なんでそんな……狡いじゃない」
Aは象牙色のドレスの腿の当たりをきゅっと握った。
その言葉をそっくりそのまま返そうか。
「ふふ、脱いだだけじゃ可哀想だから、起きたついでに可愛がってあげる」
「はぁ！？」
彼女は今度こそ目を三角にした。
……何を想像したのかな。
「ありえない！ 凛月の変態！ スケベ！ 破廉恥！ 絶倫！」
高い声が部屋に響いた。ぼふん、と顔へクッションを投げられて思う、何で最後褒めたの。
本気にしなくてもいいのに、と呆れる反面、顔を真っ赤にしてキャンキャン吠えてくるその単純さにふっと笑みを零した。目覚めのいい朝だ。
「年寄りに暴力は感心しないねえ」
「どこが年寄りよ。ありえない。そんな人だとは思いませんでしたー」
つん、とそっぽを向いてしまうAだが、耳はちゃんとこちらへ注意を向けている。
「ふふふ」
おかしくて、思わず笑ってしまった。
「ん、何よ」
Aは形のいい眉をひそめた。
「ほんと、単純。馬鹿」
凛月はそう言って穏やかに笑った。
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さなえ(プロフ) - フラッペさん» コメントありがとうございます。お褒めに預かり光栄です。細かいところにこだわって書いてみました。 (2018年8月18日 16時) (
レス) id: b33fb32224 (このIDを非表示/違反報告)
フラッペ - お話の内容が濃くて私的には面白い物語でした。こういう細かな文章が好きで、なんか一つ一つに感情がこもっているというか……まぁ、とにかく良い話でした。 (2018年8月16日 1時) (レス) id: 0c5a8c4f79 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：さなえ@Ｌｏｖｅ伊織 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/sanaeHome/
作成日時：2017年7月29日 16時
