最終話 ページ43
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散る姿が美しいと誰が言ったのか、私にはもう思い出せない。
「先輩でも卒業できるんだ」
多くの卒業生や在校生でごった返す中、Aの耳によく馴染んだ彼の声が響く。
Aが声の聞こえた方に振り返ろうとすると、卒業おめでとうと記された可愛らしい花のブローチに重力を持っていかれる。
「いた、」
「A先輩、動かないで」
Aの卒業証書を握る細い指に力が入る。
邂逅を果たしたあの夏の日から背丈が伸びた越前は、背を屈めてブローチに絡まったAの髪の毛を解く。
ふと、越前を見上げたAは、彼の静謐な澄んだ瞳を見据え、静かに視線を逸らした。
気付かれないように息を吐く、慟哭を悟られないように。
「取れた」
ありがとう、と言えば越前は満足気に微笑み、満開の桜を愛しそうに見上げる。
Aは越前の端麗な横顔を眺めながら、彼と過ごした、彼という季節を回顧し、身を委ねる。
このままこの季節に流れていたい。
桜の花びらが舞う中、私と彼はただのバックグラウンドにすぎなかった。
「卒業するの」
「うん、お別れだよ」
「来年も敷地は同じくせに」
そうだね、とAは微笑み、卒業証書を握り直す。
案外子どもみたいに笑ったこと。
人情に熱かったこと。
自分の事みたいに怒ってくれたこと。
私の肩で涙を流してくれたこと。
何も聞かずに傍にいてくれたこと。
そして、テニスが大好きなこと。
(忘れないよ、)
「あれ?部活の先輩たちは?」
「先にA先輩の所に来た、この後行くよ」
最後の最後まで、彼は優しい男だ。
Aは震えそうになる唇をグッと噛み締める。
「あはは、ありがと。ほら、挨拶してきなよ」
じゃあまた、と言って越前はAに背を向ける。
気が付いたら沢山の重荷を背負い逞しくなっていた彼の背中を見て、目頭が熱くなる。
いつの間にか彼は、そう、そして私も。
泣くな、と卒業証書を握る指に力を込める。泣いてしまったら何もかもお終いじゃないか。彼が私を思い出す時、せめて綺麗な記憶であってほしいのに。
遠くなっていく背中を目に焼付ける。走馬灯のように流れる思い出に蓋をする。
どうか、あの日。夕日に染った彼の頬を、赤く染めたのは私でありますように。
「ばいばい、越前くん」
私はもう一度、別れの言葉を小さく呟くのだ。
無意識に伸ばした黒髪と共に。
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福原(プロフ) - ぱーぷる姫さん» ありがとうございます❤︎ぱーぷる姫さんにそう言っていただけて光栄です( X_X ) (2月24日 1時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
ぱーぷる姫(プロフ) - 涙が溢れ出ました!あまりに綺麗で切ない表現に何度も読み返しました。ありがとうございました! (2月18日 15時) (レス) id: 4d7ac923b9 (このIDを非表示/違反報告)
福原(プロフ) - 幸絵さん» ご感想ありがとうございます(;_;)またどこかで2人が会える日がくることを願っています、、リョーマ!失恋組!初遭遇です!やはり初恋は実らないものですね、、 (2021年11月10日 9時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
幸絵(プロフ) - 完結おめでとうございます!ついついヒロインの先輩と結ばれて欲しい〜って思ってしまいました。話は変わりますが、『劇場版リョーマ!』私も失恋した気分になりました! (2021年11月10日 6時) (レス) id: 4696a5fece (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:福原 | 作成日時:2021年9月17日 0時