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第20話 ページ20

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夏休み最終日、一通り遊び尽くしたAは最後の夜を噛み締めていた。


「もしもし?」

電話がなった、越前だ。何回かメッセージ上でやり取りはしたものの、こうして電話が来るのは今日が初めてだった。何を言われるのか気が気でなかった。


「先輩、今から会えますか?」


ん?と越前の言葉に疑問を持つ前に、久しぶりに聞く越前の声に安堵する自分がいた。
疑問に持ったところで自分が行動してしまうことも分かっていた。


Aは言葉に詰まりながら視線を時計に移した。時刻は9時。行けないこともなかった。まだお風呂に入っていないAとしては少し都合のいいところでもあった。


「う〜ん、会えないこともないけど」

「先輩の家の近くまで行くから、お願い」


越前の切羽詰まった声にAは思わず素直に頷いた。
何かあったのだろうかと思考を巡らすも、答えは出なかった。きっと、答えを出すつもりもなかった。

Aは、少しだけ背伸びをした香水を身につけて部屋を飛び出した。夏を駆け抜けた。





久しぶりに会った越前は少しだけ小麦色に焼けていた。日も落ちて暗くなった夜道では、お互いの顔が上手く確認出来なかった。笑っているのか、それとも。

蛍光灯の光に照らされた越前の瞳にAが映る、その瞳は少しだけ影が残っていた。


「どうしたの?」


一歩近寄ると越前から夏の香りがした。一瞬、越前の影が動いた。会わない間に一回り大きくなった越前の腕がAを包んだ。



「え」



背中に回った体温を感じてAは自分が抱き締められていることを理解した。


こういう時どうすればいいんだっけ。


首元に感じた越前の髪の毛が擽ったかった。この状況はまずい、そう思ったAは固まった体を捩ってどうにか越前の腕から抜け出そうとするも、無駄な抵抗に終わった。
この抵抗に力が無いことも、きっとお互い分かっていた。



Aの背中に回された越前の腕に力が篭もった。
越前の肩越しに月と目が合った。この日の月は、少しだけ欠けていたような気がした。Aの行き場を無くした両腕は宙を泳いでいた。



「少しだけ、このままでいさせてください」



越前の鼓動の音が聞こえた。この鼓動を聞いていたのは、きっと私だけだった。懸命に生きようとする蝉の声がどこか遠くに聞こえた。



Aは瞳を閉じた。




回された力強い腕と、震える肩。微かに漏れる彼の嗚咽。それだけで十分だった。




夏が終わった。





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福原(プロフ) - ぱーぷる姫さん» ありがとうございます‪‪❤︎‬ぱーぷる姫さんにそう言っていただけて光栄です( X_X ) (2月24日 1時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
ぱーぷる姫(プロフ) - 涙が溢れ出ました!あまりに綺麗で切ない表現に何度も読み返しました。ありがとうございました! (2月18日 15時) (レス) id: 4d7ac923b9 (このIDを非表示/違反報告)
福原(プロフ) - 幸絵さん» ご感想ありがとうございます(;_;)またどこかで2人が会える日がくることを願っています、、リョーマ!失恋組!初遭遇です!やはり初恋は実らないものですね、、 (2021年11月10日 9時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
幸絵(プロフ) - 完結おめでとうございます!ついついヒロインの先輩と結ばれて欲しい〜って思ってしまいました。話は変わりますが、『劇場版リョーマ!』私も失恋した気分になりました! (2021年11月10日 6時) (レス) id: 4696a5fece (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:福原 | 作成日時:2021年9月17日 0時

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