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眉間に皺を寄せたグルッペンの表情はすぐに元に戻ったが、Aは次の言葉を選んでしまう。
何だかこの数ヶ月の間でなんとなく機嫌が良いか悪いかくらいは判別できるようになってしまった。
そして今はあまり良くないのだろう。
どう切り替えようか考えていると先に彼が口を開いた。
「…A、俺は君のことをとても評価している。仕事ぶりはもちろん信頼にも値する人間だと思っている」
『お褒めのお言葉、ありがとうございます』
「正直アステールにいるのはもったいない。…うちに来る気はないか?」
静かに室内に響いた言葉。
彼はいつになく真剣な眼差しでこちらを見ていた。
からかっている様子はない、となれば本当に使える人材だと思ってくれているのだろう。
しかし彼女の答えは初めから決まっている。
多くのことに気がつかない振りをしてAはいつも通り微笑んだ。
『相変わらずグルッペン様はご冗談がお上手ですね』
「冗談ではないが」
『いいえ、冗談ですよ。それとも言葉遊びでしょうか?』
「おいA、『冗談でなければなりませんよ、グルッペン様。そうでないと私の口から総統閣下直々のお誘いをお断りする羽目になってしまいます』
明日には部下と帰るのだ。
これまでずっと祖国の立場で動いてきたのだ。
自分にはやらなければならないことが沢山ある。
そして信頼で売ってきた自分がここであっさり頷いて他国につく訳にはいかない。
如何にそれが良い条件だったとしても。
『グルッペン様程のお方にそう言っていただけたのは冗談でも嬉しかったです。ありがとうございます』
「……」
『さて、何か別のお話をいたしましょうか。もう少しお付き合いいたしますよ』
総統相手に有無を言わせない言い方で逃げる。
失礼なことをしている自覚はあるが、Aはこれ以上この話を広げる気はなかった。
そして彼相手ならこの程度で咎められることはなく、自分の心情を察してくれると踏んでのことだった。
しばらく黙っていたグルッペンだったが、静かに息を吐くと再びこちらを見据える。
「…仕方ない。これ以上何を言っても無意味だろう。今は引く」
『ありがとうございます』
「だが、俺はお前を諦める気はないからな」
今度は二人称が変わった。
不敵な笑みを浮かべるグルッペンを見ながらぼんやり考える。
“私”から“俺”へ、“君”から“お前”へ。
段々と彼の内側に入っている感覚がする。
しかしそれは口に出さず、ワインと一緒に喉の奥へと飲み込んだ。
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はろ - 初コメ失礼します。今日初めてこの小説を見つけ一気に読んでしまいました。素敵な作品をありがとうございます! (2019年5月10日 23時) (レス) id: 04eaede967 (このIDを非表示/違反報告)
すみれいん(プロフ) - あ、あの、エーデルが死ぬと思ってなくて思わず涙が……(T ^ T)作品好きです!ま、まさかのおおおおってなっておりますっっ! (2019年4月26日 17時) (レス) id: 0dc2b364d7 (このIDを非表示/違反報告)
璃亜(プロフ) - フーさんさん» コメントありがとうございます。ボキャブラリー広いですか…!?まだまだ勉強不足な面もありますが、そう言っていただけて嬉しいです!ありがとうございます。続編もあるのでよかったらご覧になってみてください。 (2018年3月14日 21時) (レス) id: 97b5822f0b (このIDを非表示/違反報告)
フーさん - 主様のボキャブラリー広すぎるぅううう… (2018年3月14日 13時) (レス) id: c25a3a0724 (このIDを非表示/違反報告)
璃亜(プロフ) - 遊馬さん» コメントありがとうございます。まだまだ拙いですが、お褒めのお言葉とても嬉しいです…!お気遣いありがとうございます。次作もどうぞよろしくお願いします。 (2017年7月7日 14時) (レス) id: 97b5822f0b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:璃亜 | 作成日時:2017年5月24日 22時