2人の短いお話 その2

・ ページ26

「逢ひ見ての のちの心に くらぶれば
昔はものを 思はざりけり」



どんなに眠い授業でも、ミツの古文は寝たことがない。
綺麗な文字と、少し鼻にかかった声が心地良く頭に入って来る。




「これは権中納言敦忠の歌で、男女の恋愛を読んだ歌」



黒板に、助詞、助動詞、などの品詞が解説されていく。



「単純な現代語訳をするなら。

あなたと逢瀬を遂げた後、
昔の恋しい気持ちを比べたら、
昔の想いなど無いに等しいほどのものだった。

と、感動を呼んだ歌だよ」



ふうん、とぼんやり廊下を眺めていると、廊下を通り過ぎて行くある影を見付けた。



そして教壇を見ると、教室を遠ざかっていくその後ろ姿をミツの視線が追っていた。



あれ・・・何だろ。
この違和感。


胸にもやもやを抱えながら、古文の授業はあっという間に終わった。



＿＿




「てか、めっちゃだるいんだけど」
「早く帰りてー」




お前ら居残り！

先週出されていた古文の課題をやっていなかった俺と二階堂は、ミツに居残りを言い渡された。

ぶつぶつ文句を2人で言いながら手を進めていると、ガラッと教室の扉が開く音がした。





「何してんの？」
「げ、ガヤじゃん…」






甘い香りがふんわりと近付いてくる。







「居残りさせられてんの？」
「はい、そうでーす」






へえ、と俺らの手元を覗き込んで来たのは理系クラスの国語を担当する藤ヶ谷先生で、ミツ以上に女子から圧倒的な支持を集める先生だ。





「ここ、間違ってる」
「え、まじっすか」





藤ヶ谷先生の綺麗に切り揃えられた指が俺のプリントを指した。






「この、けり、は詠嘆の助動詞で、ざり、は打消しの助動詞の連用形。
ここ、今日の授業でやってたとこじゃないの？」





ああ、やっぱり授業中に見た後ろ姿はこの人だった。

にこ、と軽く微笑まれても俺は何とも思わないのだけれど、この笑顔に堕ちていく女子生徒は後を絶たない。



俺が指摘されたところを消しゴムで直すと、二階堂が、せんせー、と声を掛けた。



「この歌って、恋人同士の歌なんすよね？」

「うん、そうだね。
逢瀬の次の日の朝に敦忠が読んだ歌の一首だよ」

「これ、両思いになった今と比べたら、両思いなんて全然相手のことなんか想って無かった！
って言いたいんですよね？」

「まあ、そういう意味にはなる」




んー、と唸ってから二階堂は口を開いた。





「でも、片思いの時の方がめっちゃ色々考えません？すげー辛いし！」

・→←先生！

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す