2人の短いお話 その8

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ミュージカルの話が来た時、藤ヶ谷は珍しく悩んでいた。
初めて仕事を断ろうと思った、とも言っていたのだから相当不安だったのかも知れない。


そんな不安を、微塵も感じさせないレベルの高さに思わず胸が熱くなる。

最後のシーンには自然と込み上げるものがあって、でもカーテンコールで出て来た人物は紛れもなく大好きなその人だった。




ぱち、と一瞬目が合ったような気がする。
そして柔らかく微笑まれたような気がする。





……ファンの子って、きっとこういう気持ちなんだろうな。





と、客席から惜しみない拍手を共に送り、足早にホールを抜け出した。







_____







「ガヤさーん！お疲れ様〜！」
「お疲れ様です！」





3人揃って楽屋へ行けば、そこにはまだメイクも衣装もそのままの藤ヶ谷が迎えてくれた。






「はい、これ差し入れ！」
「えっ、俊くんほんと？」
「蜂蜜セット！喉とか疲れに良いって書いてたから買ってきた」







ありがとう、とテンション高く受け取る様子に、その紙袋はそういう事だったのか、と納得する。

見た目は役柄の少し高圧的な雰囲気なのに、口調も声色も藤ヶ谷なのだから少しちぐはぐだ。

そして隣に立っていた後輩も良かったら、と何だか立派な袋を渡している。






「すみません、遅くなっちゃったんですけど、誕生日プレゼントも一緒に入ってます」
「しめ、ありがとう〜」







…あれ？
この流れまずくないか？
俺も何か渡す雰囲気じゃないか？


そのまま後輩と談笑する藤ヶ谷とは先程から何故か1回も目は合わない。もしかしたら俺が手ぶらで来たことを怒っているのかも知れない。


1人で内心焦っていると、マネージャーが準備を出来たと呼びに来た。このままちゃんと感想すら伝えられないまま帰る羽目になりそうで、もっと焦る。







「あ、ねえねえ、写真撮ってよ」






そう呼びかけたのはまさかの舞台の座長を務める彼で、流石にえっ、と声が出た。俺の驚いた声に反応して鼻で笑われてしまった。







「メンバーみんな来てくれるから、ブログに載せようかな、って。撮って貰っても良い？」
「ガヤさん良いね！」







わーい、と能天気に喜ぶ宮田がもしかしたら1番この場で最強かも知れない。

そっと写真から外れた後輩がにこにこと俺らを見守る。

宮田がふざけて藤ヶ谷に抱きついていて、おい、と突っ込んだ時、初めてちゃんと目が合った。






「ありがと」






言われた言葉はそれだけだった。

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