白椿【ars/S.S】 (ページ24)

今日:21 hit、昨日:4 hit、合計:98,408 hit

24 ページ24

俺はこの先、Aがいない時間を

Aがいない空間を

どうして生きていったらいい？

俺は誰のために仕事を頑張ればいい？

虚像の世界から、どうやって戻ってきたらいい？

櫻井翔が、ただの櫻井翔に戻れるのは、Aの前だけだったのに。

この先、Aが俺の隣にいない人生は、どう頑張っても意味がないような気がした。

枕にAの甘い香りが染みついていて、それを思いっきり吸い込んだら

今度こそ涙が止まらなかった。

これで良いんだ、これで大丈夫

と自分に何度も言い聞かせる。

そしたら、朝焼けがやけに綺麗だから、涙が少し溢れた。

キャリーケースのタイヤがコンクリートの上を転がる音が響く。

人気のない道は、寂しさが漂っているけど、どこか清々しかった。

これでやっと私は解放される。

翔さんといることで、不特定多数の人からされていたことから。

もう……何もかもが限界。

後ろを気にして歩くことも

夜中になり続けたインターホンも

頼んでもないものが大量に届くことも

卒業式の日に切り刻まれた、真っ赤なドレスが悔しくて抱きしめながら泣くことも。

全てから解放される時が来た。

翔さんから守られたら守られるほど、酷くなっていたそれらから

私は逃げる。

逃げなければ……

このままでは、心が死ぬ。

これがきっかけなんてあまり良くないことは分かってるけど

これしか私には思い付かなかった。

このために翔さんに内緒で受けていた研修も少し前に終わって、コソコソと準備を進めて

やっと来月から海外の発展途上国で先生として働けることになった。

私のことなんて誰も知らない世界に、1人で飛び込むのは怖いけど

ここで、感情や心を殺したり、最悪命を落とすより全然マシ。

私が離れれば、翔さんは傷つかない。

何も知らないまま、翔さんは生きていける。

才色兼備な人と付き合える。

翔さんの隣を、自然に、当たり前に歩ける人と。

翔さんは、私じゃない誰かと幸せになって

私は翔さんのいない、翔さんのことを知らない世界で生きていく。