白椿【ars/S.S】 (ページ23)

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『翔さん。いつもよりたくさんつけたでしょ。キスマーク』

「つ、けたけど……」

『私、翔さんに一回もつけたことないよね？だってつけちゃダメだったもん。だけど最後だからつけるね？』

そしたら俺の返事を待たずして、ひとつだけ、真っ赤なのをつけられた。

『じゃあね？翔さん、元気でね？ちなみにアパートに来ても無駄だからね。もう荷物は何も残ってないし、鍵も変えた。あと携帯も解約する予定だから、電話してきちゃダメだよ。ちなみにそれもともちゃんに聞いても無駄だからね』

「ちょっ……！おい！A！」

『愛してたよ、翔さん』

俺の頬を撫で、ふわりと可愛い……

俺が大好きで大好きで仕方ない可愛い笑顔でそう言うと、さっさと俺の上から降りて

キャリーケースを持って寝室のドアに手を掛けたAの動作がスローモーションに見えた。

引き止めたくても、何でか身体が上手く動かない。

「A！」

『キスマーク、バレないようにね？』

「ちょっと、A！」

呼びかけにも応じず、ゆっくりドアが閉まった。

玄関でAがヒールを履く音がして、ついに何の音もなくなった……。

Aがつけたキスマークを付けた場所が、やけに疼いた。

首に付けると思ったら、胸元に小さく小さく付けられた、初めてのキスマーク。

キスマークだと分からないように付けたのも、何だか切ない。

そこに触れると、まだAがいるようで

嘘だよー！って、大好きな笑顔で戻ってきてくれるような気がして

でもその願いはもう叶うことはなくて。

分かってるのに、こんなにも呆気なく終わってしまったのが悔しくて

俺が嵐じゃなければ、もしかしたらこうはならなかったんじゃないかな……なんて。

やるせない気持ちが俺を包み込み、締め付け、苦しくなる。

「っでだよっ……！」

漏らしたどこにもぶつけられない思いと共に、目の端から涙が流れた。

髪をかきむしりながら、枕に顔を押し付けたら、Aとの思い出が頭の中を駆け巡る。

真夜中のドライブ

ゼミ室でのキス

こっそり繋いだ手

飲み会の席でバレないようにした目配せ

堂々とデートはしてやれなかったけど、それはそれで楽しくて……

Aの作るご飯、美味かったなぁ……

たまに言う寝言も可愛くて……

特別じゃなくても、穏やかで幸せな時間だったな。

あぁ、まだ……

まだ旅行にも連れていってやれてなかったのに。