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あの夢見たいな時間から数週間。
また日常に飲み込まれ慌ただしい日々を送っていた。
仕事終わりの電車を降りると、
冬の始まりの夜の冷たい空気がふわりと肌にまとわりついた。
今日は残業で疲れたけど、一人暮らしの家に向かうこの静かな道は嫌いじゃない。
駅前の喧騒が遠ざかるほど、街灯の光はやわらかくなっていく。
「……ふぅ、お腹すいたなぁ」
そう呟きながら、コンビニの角を曲がったそのとき。
誰かと肩が軽くぶつかって、私はあわてて顔を上げた。
「すみません──」
そこで、言葉が止まった。
街灯の下に立っていたのは、キャップを目深にかぶった男の人。
だけど……その目は、忘れようがなかった。
「……柾哉くん?」
まるで時間が逆再生するみたいに、
あの地元での夕暮れがふっと蘇る。
柾哉も私を見ると、驚いたように目を見開いた。
「……A?」
その声が、ほんの少しだけ嬉しそうで、胸がじんわりと熱くなる。
「なんで……ここに?」
私が聞くと、柾哉はキャップのつばを触りながら苦笑した。
「いや、俺…この辺に住んでるんだ」
「え? 本当に?」
「うん。歩いて5分くらいのとこ」
「私も……5分くらい」
ふたりして思わず目を合わせて少し笑ってしまう。
こんな偶然ある?
「なんか……運命みたいだね」
柾哉が冗談っぽく言うけれど、
その声の奥に少しだけ本気が混じっているのがわかる。
「この帰り道、いつも通ってる?」
「うん、まあ仕事終わりはだいたい」
「じゃあ……また会えるかも」
夜風が通り抜ける。
不思議なくらい心臓が速くなるのを感じて、
私は返事をするのが少しだけ遅れた。
「……そうだね」
柾哉は一瞬、言いたい何かを飲み込むように唇を結び、それからゆっくり言った。
「送ってく。
この時間、人通り少ないし」
「えっ……でも、忙しいんじゃ……」
「いいよ。帰り道、一緒に歩きたい」
そのさりげない一言が、暑い夜風よりもずっと熱く胸に触れた。
私は小さくうなずいた。
「……じゃあ、少しだけ」
夜道を並んで歩き始めると、
街灯で伸びる影が、地元の帰り道のときよりも
ずっと近く寄り添っていた。
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作者名:鈴芽 | 作成日時:2025年11月18日 20時


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