四季紡ぎ。 (ページ38)

今日:1 hit、昨日:3 hit、合計:12,556 hit

紅を踏む【紀ノ川叶星】ページ38

「ひっ.....ひっきゅしゅーい！！」

冬の底冷えする寒さを湛え、初雪で淡く彩られる空に、トアの大きなくしゃみが轟いた。

...と言いたいところだが、初雪は未だ降らない。空は相変わらず灰色で満たされ、辺りは仄暗いままだ。

当然である。
それを奪還するために、トア達四季紡ぎはここに立っているのだから。

四季紡ぎ達は今現在、初雪奪還戦の真っ只中である。
その一員であるトアも、当然戦場に身を置いているわけだ。

先刻の盛大なくしゃみとともにトアの手は大いに滑り、標的としていた破壊者に一閃をお見舞いしてしまった。
不定形のその身体に、大きな天の川が走る。

眉を潜め、窮したように蕩揺したのは、他ならぬトアである。

冬銀河の一閃は、集中して描けば破壊者にその光を刻み込ませる。集中しなければならない性質上身を潜めるのが最善策であるがため、場所がバレるというのは厄介な事象なのだ。

「ウワ、やべ、くしゃみで注目されちゃったデスよ....逃げるが勝ちなのデス」

粘質な身体の一部をぼたぼたと落としつつ、破壊者は歩を進めた。
どこへ、と聞くのは愚問である。

ポリバケツに向かってだ。

なんでポリバケツに向かっているかと聞くのもまた、愚問である。

そこにトアが隠れているからだ。
別に律儀に拾ったゴミを捨てにきたわけではない。そんなボランティア精神溢れる破壊者は嫌だ。

「せっかく四方を囲まれてる場所を見つけたのに...残念なのデスよ」

ポリバケツからヌルッと這い出し、トアは地にその足を付けた。

「とっととズラかるデス、怪我して帰ってきたあかつきにはみーくん辺りにメッチャ心配され...」

トアは、唐突に言葉を飲んだ。

視界が開けて見えた光景は、血の匂いの充満する凄惨なものであった。

倒れ伏した夜桜を宿す少女とそこに駆け寄る花見を宿す青年。仲間達は地にその身を落とし、大地を赤に染め上げて行く。増殖する破壊者の汚泥に塗れ、その光景は少女の胸に暗澹たる影を落とした。
横目に見えた我等が班長、井立椿でさえその腕に朱を零している。

昔日、只の女子高生であった少女は、自分が命のやり取りというものをしかとその脳裏に刻み込んだ。

「...やらなきゃなあ」

そう一言、吐息を吐き、少女は確かに臍を固めた。