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page19「使い古し」 ページ27

木々が騒めく。カーテンが靡く。
その全ての雑音が私から遠のいて、時が止まる。

目の奥が熱い。心臓が震える。何かが沸き上がる。
その画面だけ時が丁寧に刻まれていく。

音楽が耳に届く。声が耳に届く。
それだけのことが私の胸をいっぱいにする。

胸の奥が叫んでいるのを無視してその動画をただ見つめている。
厭、見つめているよりも魅入っている。

高音はさっきと同じ、【まふまふ】で、多分声質的にまふくん。
この優しくて、でもしっかりしている低音は【そらる】、さん。


___私はこの曲を聴いたことがある。


根拠も理由も何もない。
ただ、この曲のサビに入るたびに私はそれが確信へと変わっていく。

それは私に頭痛を起こす、それは私に興奮をもたらす。
それは私に【歌い手】という存在を思い出させた。


「戻って来たよー」と上機嫌でジュース片手に戻ってきたまふくんは私の様子を見て目を見開いた。
そして急いで私に近づいて心配そうな表情でこう言った。


「どうして泣いてるの?」


そう言われて、手に持っていたスマホを置いて頬を触ると、湿っている。
そして、その湿りはまだ続くように涙の粒が私の手に触れた。


「な、んで…」



言葉が出てこなかった。
何を言えば正解か、何を口に出せばこの感情を抑えられるのかわからなかった。

掠れた声を心配そうに聞いたまふくんはふと私から視線を外してスマホ画面を見た。
そこにはラストスパートのサビへ入った二人の声。

低音の心地いい声が流れた瞬間、目の前の彼はバッと急いで動画を消した。


「……っ、何か思い出したの?」


険しい顔をしたまふくんが私の顔を除く。
その表情からは「思い出すな」と言われているのようにしか捉えられなくて。

そんな考えを否定するようにしても、言葉として声に出たのは、






「何も、思い出せない」








そんな見え透いた嘘。







彼はその嘘に咲った。そして「残念だね」とまた優しく私に微笑む。
その言葉に何も返すことができず、何気なく私は病室に置かれている時計を見た。





夢のように止まっていた時間が、少しだけの雑音を含みながら秒針を進めていく。
その秒針は暫くするとまた止まってしまいそうなほどボロボロで、まるで誰かの使い古しのようだった。

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設定タグ:歌い手 , そらる   
作品ジャンル:恋愛
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雨中と猫。(プロフ) - ちょこさん» うわああああんすみませえええええんがんばります (2022年2月10日 2時) (レス) id: dcb807c257 (このIDを非表示/違反報告)
ちょこ - 更新が止まってます!戻ってきてください!続き楽しみに待ってます!(´;ω;`) (2021年12月20日 22時) (レス) @page49 id: 5ad0b4ef6a (このIDを非表示/違反報告)
雨中と猫。(プロフ) - いちごポテトよーぐるとさん» 返信が遅くなりすみません!めちゃくちゃ嬉しいです、現在別作品「笑えないって」リメイク更新中ですのでもう暫くお待ち下さい!! (2021年12月9日 18時) (レス) id: dcb807c257 (このIDを非表示/違反報告)
いちごポテトよーぐると(プロフ) - 色々な感情で涙が……とても面白かったです…。更新待ってます、! (2021年8月17日 0時) (レス) id: 33ba1212be (このIDを非表示/違反報告)
雨中と猫。(プロフ) - 眠夢_さん» うわああああありがとうございます!!今メインで書いている「笑えないって」という小説のリメイクを行っていてそちらが落ち着き次第こちらも更新しようと考えております!絶対完結はさせますので何卒ー!! (2021年8月13日 3時) (レス) id: 6b41ff11b2 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:雨中と猫。 | 作成日時:2017年4月29日 2時

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