72話 ページ31
頭を下げたから村上くんの表情は見えなかったけどそれでいい。
そのまま教室から逃げようとしたのに、
「俺も。俺も‥‥‥楽しかった。Aちゃんと一緒にいて、今まで知らなかった感情を教えてもらって。感謝してる、ありがとう」
そんな言葉が後ろから聞こえたら、それ以上歩みを進めることができなかった。
後ろにいるのは舞子ちゃんじゃない。
村上くんなのに。
どうしてこんなに、寂しく苦しく思ってしまうんだろう。
「だから、ずっと苦しかった」
村上くんが言葉を続ける。
「どんなに楽しいって思っても、一緒にいたいって思っても。俺の嘘から始まった関係だからいつか終わりが来るって分かってた。友達だって思ってくれてるAちゃんを騙し続けて‥‥‥‥本当に、ごめんなさい」
後ろから苦しそうな声が聞こえる。
村上くんも同じように思ってくれていたのだろうか。
私と一緒にいて楽しいと。私のことを友達の一人だと。
「‥‥‥どこまで？」
「‥‥‥え？」
「どこまでが、嘘？」
「‥‥‥最初に女だって嘘をついてしまったけど、それ以外でAちゃんに嘘をついたことは1個もないよ。友達になろうって言ったのも、遊びに誘ったのも、夏祭りだって。‥‥‥‥全部俺がそうしたくてした。信じてもらえないかも、しれないけど」
その時ふと、岩本くんから言われたことを思い出した。
『Aさんを笑顔にしてやりたいんだって』
"全然いいよぉ！うちら今日から友達ね"
弾けるように見せてくれたあの笑顔も
"イルカショーなんていいよ。それより体拭かなくちゃ"
水族館で真剣な顔で心配してくれたことも
"感想語り合うの、楽しみにしてたんでしょ？"
私がやりたいことを当たり前のように受け止めてくれたことも
"ふふ、いいって。また今度話そう？"
月明かりみたいな優しい笑顔も
全部、舞子ちゃんであって、でも村上くんでもあった。
そう信じていいの？
「‥‥？Aちゃ、」
「どうしてそこまでしてくれたの」
1歩歩み寄った私に村上くんが少し不思議そうな表情を浮かべた。それでも村上くんの答えが聞きたい。
わざわざ嘘をつき続けるほど彼を突き動かしたものって何？
そして、私の中で今モヤモヤとしているものは何なの？
「、大切だから」
「‥‥‥」
「大切だから、笑顔にしたくて。そのためなら女装だって何だってしてあげたいって思ったんだ」
「好きだよ。Aちゃん」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 490人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：Haniko | 作成日時：2022年11月23日 11時
