拾伍:襖の向こうから聞こえる声 ページ16
「"榎森ってさ、映画とか見たことある?俺オススメの映画あるんだよ、一緒に見よーぜ!"」
『あぁ、別に構わねぇよ』
「"おい虎杖、あまり榎森困らせるなってさっき言ったろ"」
『別に困ってないさ』
「"え〜?でも別にいいって感じだぞ?伏黒ビビリすぎ!"」
「"なっ…、俺は別にビビッてねぇ!"」
「"あはは、二人共元気だねぇ〜?"」
『……ほんと、元気な奴らだな』
襖の向こうから聞こえる微かな声に、思わず笑みが溢れた。
桜の花弁が部屋の中に入ってくる。開け放たれた縁側のガラス戸がキラキラと輝き、枯山水の庭が美しい白を映し出す。
俺はずっとこの部屋に居る。昔からずっと、この部屋で生きて過ごしている。
『早く俺も、この襖の向こうに行きてぇよ』
目の前にある襖を撫でる。襖の向こうからは皆の声に混じって、異質で不気味な声がずっと鳴り響いていた。
此処は生得領域だ。俺の居る和室が俺の領域で、この襖の向こうがコトリバコの領域になっている。
俺の肉体はコトリバコを受肉してからずっと崩れたままだ。理由は分かってる。それでも、未だに決心がつかねぇんだ。
『(この襖の向こうに行けば、俺はコトリバコと完全に同化する。肉体だって元に戻るかもしれねぇが…)』
リスクが大きすぎる。もし暴走したら…間違いなく俺は殺されるだろう。
『……怖いな』
怖いさ。暴走するのも、殺されるのも、自分が自分ではなくなっていくのも。
恐怖が、俺の足をこの部屋に縫い止めている。
【開けてみろよ】
襖の向こうから俺の声がする。顔をあげると、声は続けて俺にこう言った。
【俺達だってお前なんだぞ】
『…分かってる。でも…悪い。まだ、怖い』
【…そうか。ま、無理にとは言わないさ】
残念そうな声が聞こえた。その後すぐに、トンと襖を叩くような音がした。
【これだけは覚えとけ。俺達はお前の味方だ。いいな?】
『…分かってる』
そうだろうな。お前は俺の"目"にそう刷り込まれてるんだから。
気配が消えていく。俺は襖から離れて、小さく溜息を付いた。
『…どうすっかな……』
俺の目だっていつ術式が切れるか分からない。でもそう簡単に判断できるもんでもねぇだろ。
…せめて、体だけでも元に戻せれば……。
『……皆に会いたいなぁ…』
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作者名:九龍 -くーろん- | 作成日時:2021年1月12日 16時