👿彼はどうしようもなく ページ12
マルフィside
真っ赤な液体が、視界から離れない。私の目の前で静かに目を閉じた彼から、次第に魔力が失せていくのが見えた。
「(エース)」
私の友。気に入りの薔薇。訳アリのトランプ兵。最初見た時から、興味をそそる特別な存在。
ずるりと落ちる腕を翼で掬い取る。晴れた頭の中はぐちゃぐちゃで、鮮明に目の前の事実を突きつけてきた。
「エース」
放出された魔力が収まると同時に、私の姿も人のそれへと変化していく。未だに羽毛で覆われた腕で彼を抱き寄せれば、彼の後ろの茨にはべっとりと赤いインクが飛び散っていた。
「起きてくれ、エース…っ!」
嗚呼、腹に開いた穴から溢れるインクが地面を濡らしていく。震える手で抱き込んだ彼の体が次第に冷えていく。私が正気を取り戻した時には既に、彼は私の手によってこの大きな穴を空けられていた。
私は一体、何をしていたんだ。何故こうなったのかも分からない。ただひたすら、悪夢のような苦しい世界の中に居たことだけを覚えている。その中で、彼の声が聞こえた気がした。私を呼ぶ真っ直ぐな声。身を裂く痛みの中でもはっきり聞こえた彼の声は、もう聞こえない。
茨の棘が刺さる体を抱いたまま、私は立ち上がった。鴉の足はビシャリと赤いインク溜まりを踏み、爪先を真っ赤に染めていく。多少ふらつく体もそのままに、自分の大きな翼を広げて空へと舞い上がった。
「(まだ微かに魔力の反応はある。ハートの女王なら…っ)」
きっと何とかしてくれる。私もマレフィセント様も、傷ついたトランプの直し方なんて知らない。でも、このまま破れた彼が消えるのを待つのは嫌なんだ……っ
自身の魔力で炙られた翼が風を浴びてキリキリと痛んだ。それでも構わない。真っ直ぐ、そして速く、私は主の古城へと飛んでいく。茨の森を突き抜けて上へ。古城の出窓へと身を躍らせれば、ギィ…とドアのように大きな両開きの窓が開いた。
「お帰り、愛しの鴉よ」
…嗚呼、我が主。私の愛するご主人様。私の帰りを待っていて下さったのですね。
「話は後でゆっくり聞こう。今はその子を守ってやりなさい」
「…!…はいっ…!」
深く頭を下げて、私は一目散に自分の部屋へと走った。ドアを開けてすぐに机の上にある手鏡へと話しかける。
「ジャック!頼む、応えてくれ!!」
これ以上彼が冷えないように、これ以上青白くなる前に、頼む、お願いだ…っ
醜い私を見ても優しく接してくれた彼を、助けてくれ……っ
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作者名:九龍 -くーろん- | 作成日時:2022年10月31日 1時