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全てを駆け抜けて:kwmr ページ21

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この家の主人は何故か僕のことを下の名前で呼んでいた。
かといって特段親しい間柄であるという訳ではないし、顔を合わせるのも違う者の方が多い程。


「拓哉さん」
「はい」
「今日藤を見に行こうと思うのだけど、着いてきてくれるかしら?」
「もちろんです」
「外で満足する話が出来そうなのは貴方しかいなくて。忙しいのにごめんなさいね」
「滅相もありません、ご一緒出来るだけで光栄です」
「まぁ、そんなに畏まらないでいいわ」


年は僕とそう変わらないはずだけれど、気品溢れる姿は流石上流の教育を受けてきた成果だという外ない。
もちろん本人の素質も多分に含まれているから、生まれ持った全てがその辺りの者達とは違うのだろう。



支度を整えた彼女が門をくぐる。
屋敷での落ち着いた姿は勿論だが、こうして軽く着飾るとより聡明な雰囲気を強くして眩しく映る。

「行きましょうか」
「はい」



普段はつける護衛を断り、二人で、と言ったのは彼女だった。
万が一があったらと少しばかり不安はあるが、彼女の数少ない我儘を誰も咎めることは無かった。



少し歩いた先の高台にある藤棚は既に満開を迎え、鮮やかな紫を光らせている。

「何時見ても綺麗だわ」
「左様ですね。私も藤は好きな花の一つです」
「この藤棚を気に入って屋敷を建てたのよ、先代は、」


先代とは、二年前若くして亡くなったあの屋敷の元当主であり、現在の主人である彼女の夫だった人。
当時を懐かしむように藤を見る目には、幾許かの涙が溜まっていた。


「此処に二人で何度も来たのだけど、最後に一瞬でも見せてあげられなかったことは少し後悔しているの」
「…長いこと床に臥せていらっしゃいましたからね」
「それでも、もう長くないと分かっていたのだから、私が担いででも連れて来ればよかった」
「いつかあちらで会えたら、きっと共に見られると思います」
「……そうね、そう思っておこうかしら」

もう一度藤を見上げた彼女の瞳から一滴の涙が零れ落ちる。
後光と相まってキラキラと輝くそれと彼女の横顔が余りにも美しく、不謹慎ながら胸の高まりを抑えきれない。


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キタ(プロフ) - さちさん» コメントありがとうございます。まさしくミッシェルの「世界の終わり」を意識していましたので、分かっていただけて嬉しいです。拙い文ばかりですが、また更新していきたいと思いますのでよろしくお願いします。 (2019年10月29日 0時) (レス) id: 287acd08f7 (このIDを非表示/違反報告)
さち - はじめまして。「終焉のエピローグ」を読んで、初めてコメント致しましたm(_ _)m。ミェルガンエレファントの「世界の終わり」のような世界でquizknockとミッシェルが好きな私にはたまりません(*^-^*)。これからも楽しみにしています(^-^) (2019年10月28日 22時) (レス) id: 4daa7caae5 (このIDを非表示/違反報告)
キタ(プロフ) - やまうみ。さん» コメントありがとうございます。前作からということで長い間ご贔屓にしていただけて有難い限りです。例の件はこういうジャンルではままあることですので、仕方ないですね。なるべく更新し続けていけたらと思いますので、今後もよろしくお願いします。 (2019年10月14日 2時) (レス) id: 287acd08f7 (このIDを非表示/違反報告)
やまうみ。 - 初めまして、コメント失礼いたします。前作からずっと読ませていただいておりまして、どのお話も読みごたえがあり美しい文章にやられております。騒動があったなかで続けてくださる数少ない作者様の一人でいらっしゃるキタ様が憧れです、これからも応援してます! (2019年10月13日 19時) (レス) id: e8e6962fde (このIDを非表示/違反報告)
キタ(プロフ) - 佐野様>>コメントありがとうございます。良く見るお名前にびっくりしていますが、前作からお読み頂けていたなんて光栄です…!纏まりのない話ばかりですが、色々捻り出して更新してみたいと思います。佐野様の作品も楽しみにしています。 (2019年10月6日 22時) (レス) id: 287acd08f7 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:キタ | 作成日時:2019年9月26日 19時

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